もう十年も前になる。久しぶりに大きな評伝に着手しようと思った。
その年のクリスマス・イヴ、私にとって眼のくらむような感動があった。このとき、はじめて書きはじめる決心がついたのだった。
私が描いたのは、いまではもはや忘れられた舞台芸術家の生涯だった。ルイ・ジュヴェという。もう誰も知らない俳優だった。ルイ・ジュヴェは、クリスマス・イヴに生まれているが、そんなことまでが私にはうれしい暗合のように思えた。
それから数年、ひたすらこの俳優の生涯を追いつづけた。
評伝を書くためにはまず彼の生きた時代をしらなければならない。まず、徹底した資料の読み込みからはじまる。あらためて世紀末から二十世紀前半にかけての戯曲を読み返した。これも、ほとんどがすでに忘却の淵に沈んだ台本ばかり。さらには、ジロドゥーやアヌイなどを中心に読み返したのだが、若い頃にはまるで気がつかなかったいろいろな発見があって楽しかった。
完成までに、それからもいくたびか夏が過ぎた……。
いまの私は、ルイ・ジュヴェが亡くなった年齢をとうに越えている。しかし、この芸術家に対する敬愛はいささかも薄れてはいない。私が十年の歳月をかけて書いた俳優、ルイ・ジュヴェの人生も、思えば悽愴、苛烈なものだった。
ルイ・ジュヴェは、真夏の八月に亡くなっている。
ルイ・ジュヴェ
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