ロ−マ帝国が滅亡して、ギリシャ人、アラビア人がイタリアに流れ込んできたが、ここに科学の基礎が生まれた。
占星術がイタリアにつたえられたのは、ビザンチンの学者、プレト−がフィレンツェで講義してからだが、錬金術はそれより先にエジプトからつたえられた。
これが、やがて気象の研究や、植物の生成の観察など、さらに医学、天文学、植物学、鉱物学などに発展してゆく。
錬金術は、先史時代からあって、鉱物や、金属の精錬にまつわる魔術を得意とした部族が、神聖な森に集まって、踊ったり祈ったりする秘儀から起こった。この錬金術の秘法に、ルネッサンスの人びとの強烈な欲望が重なった。
いつの時代でもおなじだが、宝石が珍重され、金が欲望の対象となった。
宝石は、人間の手にかからない自然の生んだ神秘だった。その神秘に憧れる気もちが、さまざまな護符や、幸運の指輪、金属のメダルなどの流行を生み、さらには人間の手で、この神秘を生み出そうという夢をもたらした。
これが一方では、手相学、骨相学などにつながり、また、一方では、不老不死の秘法の探究に発展してゆく。
水銀を凝固させて純金にする、とか、ほかの卑金属から金を作る技術がある、と信じられていた。そのためには「賢者の石」が必要なのだ。その「賢者の石」は、エリクサ(連金薬)とか第五元素と呼ばれているが、その精製は秘中の秘だった。ヴァチカンにも、この研究に熱中したロ−マ教皇がいる。
『ロミオとジュリエット』に出てくる修道士は、ジュリエットに秘薬をあたえるが、あれも錬金術の一つと見てよい。
トレヴィ−ソ伯は、「賢者の石」の発見に夢中になって、城も領地も売りとばし、ついに最高の秘法を発見したが、うれしさのあまり、病気になって乞食同然の死にかたをした。死んだとき、口から金の塊を吐いたという。
ルネッサンス
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