鼻が生理的にもっとも重要な呼吸、嗅覚にかかわりがあるため、作家はあえて描く必要がない、と書いた。
私たちが呼吸するのはごく自然なことなので、排泄や、新陳代謝とおなじように、肉体の反応としてはオートマティックなものなのだ。
嗅覚がセックスにかかわる反応はどうなるのか。
私たちがエロティックな刺激に反応する場合、誰でも自分の反応を意識する。はじめの段階では、まだ抑制することはできる。しかし、生理的な反応であるかぎり、それは意志とはかかわりがなく、私たちにはコントロールできないものになる。
鼻は、このとき、ほかの器官よりも、なぜか低い働きしかもたない。つまり、手でふれたり、からだをすりつけたりするよろこびに比較して、嗅覚は性中枢をそれほど刺激しない。私たちのセックス、性行動において、嗅覚はそれほど重要なものにならなかった。
だから、たいていの作家は、おそらく無意識に、匂い、臭いを描かない。
汗の臭い、吐息、唾液、尿や糞便の臭い、女性に特有の匂い、いわゆるオドール・デ・フェミナ、性交後の分泌物の匂い、口臭、老人臭、ようするに体臭に関心をもつ作家はいないか少ないのではないだろうか。
そうだとすれば、ここに、いささかパラドクサルな状況があらわれる。
たしかに私たちの性欲を刺激するものとして、匂いは、視覚、触覚ほどには大きな役割を果していない。しかし、私たちは、ある種の匂い、とくに香水などに強烈な反応をしめすことが多い。ここにフェティッシュな感覚がかかわってくるのはなぜなのか。
プルーストの「マドレーヌ」は、セックスにおいても、まさに「リアル」なのである。したがって、プルーストが鋭敏な嗅覚をもっていたことは間違いない。
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