芥川 龍之介の「鼻」は、鼻という器官にいちじるしい特長のある人物だからこそ、おもしろいのだが、この作家が鼻に対して、ほかの作家よりもずっと鋭敏な関心をもっていたように思える。
たとえば、日本人のプロフィルで、ローマン・ノーズ型の女性は少ない。だからこそ、作家は、たとえ女性の鼻の美しさに心を奪われても、その表現がむずかしいことを知っているのだ。
ここでは、わざと誰も読まない作家を引用しておく。
「奥様、あなたは美しいですね。第一その鼻筋が如何にもいい、眼もいいし、その髪の結び方も気に入ったねえ。おまけに色が白さうだし。」
奥野 他見男 「訪問客」(昭和5年)
いかにも類型的な表現で、描写としては意味がないことはわかるだろう。
女の顔のなかで、形態的にもっとも美しい部位にあるものが、ほとんど描写されることがない、というのは興味深い。
鼻が人間の生理で、もっとも重要な呼吸、嗅覚にかかわりがあるため、描く必要がないからだが、それでも私は問いかけよう。
美しい女性の鼻はかならず美しい。
にもかかわらず、私たちは、はたして「クレオパトラの鼻」を想像できるだろうか、と。