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中田耕治ドットコム とは

作家・批評家・翻訳家として、多彩な活動を続けてこられた中田耕治先生の「今」を
お伝えするサイトです。
パソコンとは無縁の師匠に代わり、有志数名が運営しています。

中田耕治 (なかだこうじ)とは
中田耕治

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中田耕治を語る
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作家。1927年、東京に生まれる。
戦後、最年少の批評家として文壇に登場し、『ショパン論』『ゴーゴリ論』などがある。
演劇の演出家としては、「闘牛」(3幕)の演出が代表作。作家として『危険な女』、『異聞猿飛佐助』ほか。評伝『ルクレツィア・ボルジア』、『メディチ家の人びと』、『ブランヴィリエ侯爵夫人』など。また、近作に『ルイ・ジュヴェとその時代』がある。翻訳家としては、ヘミングウェイ、ヘンリー・ミラーなど多数。編・訳も多く、近作に『スコット・フィッツジェラルド作品集』、『アナイス・ニン作品集』がある。

中田耕治執筆本
絶賛発売中

中田耕治共著

中田 耕治 訳 / オノト・ワタンナ 著
若き日の永井荷風も読んだ、アメリカン・ジャポニズムの女流作家オノト・ワタンナの小説が、中田流翻訳で現代によみがえる!

 

 


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2018/08/14(Tue)  1769 〈1977年日記 16〉
 
              1977年5月30日

 数日前に読んだ新聞記事が心に残っている。

 女優、ホ−ン・ユキのこと。
 木の実ナナが、急性胆嚢炎で手術を受けることになって、「日劇」6月公演のミュ−ジカル「踊る幽霊船」の主役に起用されたラッキ−な女優である。
 父がアメリカ人、母が日本人、現在28歳。コ−ラス・グル−プ「シュ−クリ−ム」から、49年、テレビに進出した。現在、TBSで「かあさん堂々」に出演。3月に「西武」で公演した「夕食は外でしたら?」に出ていた。
 「東宝」としては、木の実ナナ主演のミュ−ジカルという企画で出したプランだが、この突然の交代は、かなりダメ−ジが大きいと思われる。ただし、ホ−ン・ユキが主役に抜擢されても、別に意外な気はしない。私はホ−ン・ユキの出た「夕食」を見ただけだが、この女優の素質、その姿態に惹かれた。

 澁澤 龍彦さんから「思考の紋章学」を贈られた。早速拝読する。丸谷 才一さんに出した礼状が戻ってきた。住所が変わったのか。
 「読売」、北村さんから電話。アイヒマンに関して。県立図書館の竹内 紀吉君に調べてもらう。
 「日経」ショッピング、秋山さんから原稿の依頼。児玉 品子さんに電話。
 雑誌、週刊誌、新聞、外国の雑誌、10種が届く。すぐに読みはじめる。


               1977年5月31日

 午後2時半、「ジャ−マン・ベ−カリ−」で、「読売」、北村 佳久さんに「あとがき」の補足分をわたす。しばらく雑談したが、部数は6千部らしい。ちょっと少な過ぎると思った。私としては不満を述べるわけではない。そろそろ翻訳から足を洗ったほうがよさそうな気がする。

 「実業の日本」、増田さんに原稿をわたす。社長の令息で、「週刊小説」の編集長になった。
 「お若いのに、たいへんですね」
 というと、柔和に笑いをみせて、
 「若く見えますけれど、ほんとうはそんなに若くないんですよ」
 という。好感のもてる人だった。最近の出版ジャ−ナリズムの世界にも、世代交代が見られて、若い編集長、社長の時代がきている。
 「映画ファン」の萩谷君に原稿をわたす。萩谷君はすぐに帰った。
 下沢 ひろみがきたので、「メイデイ40000フィ−ト」(ロバ−ト・バトラ−監督)を見た。76年、CBSが放映したTVム−ビ−で、航空パニックもの。スト−リ−は「大空港」や「エアポ−ト77」を見ているので新味はない。出演者もデヴィッド・ジャンセン、レイ・ミランド、ブロデリック・クロ−フォ−ド、クリストファ−・ジョ−ジといった古株ばかり。なつかしや、ジェ−ン・パウェルが機長夫人になって出ている。

 「山ノ上」で、「集英社」の永田 仁志君にあう。私が書く予定の「カテリ−ナ・スフォルツァ」がまったく進捗していないので、どうなっているのか、と心配してくれた。「カテリ−ナ」に着手したくても、6月はさらに多忙になるので、ちょっと手がつけられない。
 講義。Y.T.鳳仙花。