大友 香奈子

 中田先生のお顔を思いうかべたら、30年ほど前に参加したNEXUSの記憶がよみがえってきた。先生といっしょにぶらぶら町歩きをして、竹久夢二美術館や青山墓地などに行ったり、山や川にハイキングに行ったりする集まりだった。そんな会があることはなんとなく知っていて、バベルでの授業のあとに初めて先生に誘っていただいたときは、やっと仲間いりができると、すごくうれしかったのを覚えている。緊張とわくわくした気持ちで待ち合わせ場所に行くと、授業でいっしょのひとたちのほかに、翻訳とは関係のないひとたちもいて、すこし心細くなってきた。すると先生が「きみが来てくれてうれしい」と声をかけてくださり、いろいろなひとに紹介してくれた。いつもそんなふうに、その場にいるだれかが居心地悪い思いをしないように、気を配ってくれていた。先生はたくさん写真を撮り、あとでいっしょに写っているひとたちの名前を裏に書きこんで、手渡してくれもした。それは、翻訳家の仕事は孤独なものだから、支えになるような仲間を大切にしなさい、という教えだった。「嫉妬してはいけない」とも常におっしゃっていた。ひとに嫉妬したところで、プラスになるものはなにもないから。そんな先生を慕って集まるひとたちに悪いひとがいるわけもなく、NEXUSの会はいつもなごやかで、平和で、楽しかった。職場の人間関係とはちがい、へんな気づかいの必要のないNEXUSで過ごした休日が、きらきらした記憶となっていまものこっている。

 その後はシャールと名前を変えて、お芝居をしたり、翻訳の勉強をしたりして、先生が翻訳学校の講師をおやめになってからも、ずっとつながっていた。最近は年に1度、先生のお誕生日をお祝いする会を開いていた。コロナ禍でお会いできない年がつづき、去年、久しぶりに会が開かれたけれど、そのときわたしは病気で入院していて、参加できなかった。でも、また次の機会があると思っていた。その月に先生がお亡くなりになるなんて、思いもしなかった。

 最後にお会いできなかったのが唯一の心のこりだけれど、翻訳だけでなく、ほんとうにいろいろなことを教わった。中田先生、ありがとうございました。

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