寝占(大河原)優紀

サイゴン
マジェスティックホテル。昼を少し回り、何か食べようか?
昼食を頼もうと顔をあげたところでフロント係から電話を告げられた。

電話の相手は編集者、日本からだ。出発前にこのホテルの名を告げていた。
若い作家の訃報を知らせるその通話は長く感じていたが実際には短かったのだと思う。
彼は手紙を郵便ポストに投函し、歩き出そうと振りかえったところで車にはねられたのだという。僕はこの作家を買っていた。彼の次の作品を楽しみにしていたのだ。彼自身も誰も予期せぬ突然訪れた死であった。
平和なはずの日本で才能ある若き作家があっけなく命を落とした。かたや危険を覚悟で訪れたこの国の穏やかな昼下がり。このねじれた現実は、どうだろう。なんとも皮肉な話じゃないか。
そうだ、昼を食べていなかった・・

あの時の虫のたてる小さな羽音、強い日差しが日除けに濃い影を落としていた昼下がり。悲しみとは無縁のように訪れる空腹感。半世紀以上の時を経ても、まるで数分前に起きた事のように蘇る。記憶とはそのようなものか。
以来、フォーはあの日の記憶を呼び覚ますスイッチになってしまった。


吉永珠子とふたり、中田先生からこの思い出話を伺ったのは2019年12月、ベトナム料理店での事だった。
この日は兎にも角にも奇妙な一日で!
中田先生に・・・おっと、長くなりそうなので、この話は次の機会に! see you nexus♪

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