高橋 まり子

 いまだに信じられないんです。昨年の11月3日に、中田先生や弟子のみなさんにお会いして、その3週間後に、訃報が届くなんて。最後にお会いしたときの中田先生は、ほんの少しお身体が小さくなったように思いましたが、鋭い眼光も凛としたたたずまいも、ひとことずつ、かみしめるようにお話をするお姿も、昔とちっとも変わっていませんでした。こんなにお元気なら、きっとまたお目にかかれる。そう思ったのに、まさか、旅立たれてしまったなんて。嘘だ。絶対に嘘だと思ったのは、わたしだけではないはずです。

 中田先生の翻訳の講義を初めて受けたときの衝撃は今も忘れられません。なんともいえない緊張感に包まれた教室で、ヘタレなわたしは毎回のように今日こそは当てられませんように、質問されませんようにと、ひそかに祈っていたものです。それでも、どうにかこうにかギブアップせずに済んだのは、中田先生がわたしを拾ってくださったからです。あれから早30年。途中、何度か遠方に引っ越したため、先生の講義に欠かさず出席することはできませんでしたが、数多くいらっしゃる先生の弟子のひとりに入れていただいたのだと勝手に思っております。今もこの先も、ずっと。

 中田先生が教えてくださった翻訳の奥深さや真の面白さ。翻訳に限らず、物事をいかに丁寧に的確にとらえるか。最後にお会いしたときにいただいたお言葉。しっかりと胸に刻んでおります。何よりも、先生がつないでくださった、すばらしい仲間のみなさんとの出会い。感謝してもし尽くせません。月並みな言い方ですが、中田先生とお会いしなければ、わたしは翻訳を仕事にしようとは思わなかったでしょう。最高の奇跡と出会いに感謝し、心からお礼を申し上げます。

 どうぞ、安らかにゆっくりお休みください。そして、わたしたち弟子一同を、どうかずっと見守っていてください。
 どうもありがとうございました。

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