不肖の弟子から | - 私が中田耕治先生にお逢いしたのは、私がまだ作家になる前……それはそうだ。私が作家になったのは、中田先生との出会いがきっかけなのだから、当然のことである。
私はまだ二十代半ばの編集者で、『世界の旅路』という本の原稿をお願いするために、明治大学のすぐ近くにある「山の上ホテル」で中田先生と初めてお目にかかった。 明大の先生で、しかもイタリア文学の研究者ということなので、どうせカタブツだろうと思い込んでいたのに、先生の初対面の印象は全くそうではなかった。 話は当然のことながら、原稿の依頼に関するものから始まったけれど、そのうちに、私の亡くなった父も大学教授で文学者だったこともあって、次第に話が弾んで、場所もロビーからバーに移して……初対面だというのに、私はすっかり先生に御馳走になり、いつの間にか、父の思い出話やら、仕事の愚痴を話し始め、その勢いで「私、本当は作家になりたかったんです」という、私の心にしまっておいた夢まで、先生に話してしまったのだ。 「作家になりたいんなら、なればいいのに……君は若いんだし、才能さえあれば、これから頑張ったってまだまだ時間はあるよ」。先生は、こともなげに言った。 丸茂ジュン(作家) -
――中田耕治コレクション(青弓社) 月報より―― |
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