アゴタ・クリストフは、1935年、ハンガリ-で生まれた。母国語はハンガリ-語。9歳でドイツ語、11歳でロシア語。これだけで、母国、ハンガリ-の運命が想像できるだろう。
スウィスに亡命して、1986年、フランス語で書いた『悪童日記』で世界的に知られた。フランス語も彼女にとっては未知の言語だった。
彼女はいう。フランス語は三十年前から話している。二十年前から書いている。それでも、いまだにこの言語に習熟していない。話すときには語法を間違えるし、書くためにはどうしても辞書をたびたび参照しなければならない、と。
アゴタ・クリストフのような作家でさえそうなのか。
私は、長年、外国語の勉強をしてきた。フランス語も少しだけ読める。イタリア語はもっと少しだけ読んできた。今は、中国語をほんの少しづつ読んでいる。それでも、外国語で小説を書くなどということは到底考えられない。
私にはもともと外国語を勉強する能力がなかった。だから努力をしてきたと思っている。なんとか翻訳をつづけてきたのは、外国語を勉強することが「日本語との格闘」だったからだろうと思う。(注)
アゴタ・クリストフは、フランス語が「私のなかの母国語をじわじわと殺しつつあるという事実」をあげている。
文部科学省の連中は、そこまで考えたうえで小学校からの英語教育に何を期待しているのか。
(注)「日本語との格闘」は、作家、横光 利一のことば。