(つづき)
ノエル・カワ-ドの“Shadows of the Evening”。幕切れ。
「ジョ-ジ」は、愛人と妻の前で語る。
ジョ-ジ 人生は神さまがくれるすばらしい贈りもの、というならそうかも知れない。それに、人間はその発明の才や勇気、いとおしいまでの優しさで、さまざまな奇跡を起こしてきたかも知れないし、それが違うとはいわない。
ただ、おれは嘆かわしいんだ。そうやってどんなに奇跡を起こそうと、理不尽なまでの冷酷さ、強欲、恐怖心やうぬぼれとかのせいで、どんどん帳消しにされてしまう。
おれのいいぶんが100パ-セント正しいなんていってるわけじゃない。
天国のどこかから、世界のあやまちを匡せ、なんて特命を受けているわけじゃない。
おれなんざ、ただ、そこそこに注意深い男ってだけさ。
もうじき死ぬけど、やれ神秘だのロマンティックな絵空事なんかにはぐらかされるのは、まっぴら御免、そう思っているだけの男だよ。
リンダ そうとは言い切れないわ。神秘としかいえなかったことが、ある日、突然はっきりするかも知れないし、ロマンティックな絵空事が現実になることだってあるのよ。
ジョ-ジ そうかも知れない。天国、地獄、煉獄、わるい鬼とかサンタクロ-ス、お伽ばなしの夢ものがたり、みんなそうだ。
何でもわかる人間だとは思っていない。何もわかっていないってことはわかっている。
それにこの説明不可能なナゾの前に立てば、世界じゅうのどんな司祭だの哲学者、科学者、いや、手相見だって、おれとおなじくらい何もわかっちゃいない。
結論の出ない憶測にかまけている時間なんか、ますますなくなる。だから、残された日々、ひたすら恐怖に負けないような心を鍛えて過ごそうと思っている。
歴史を見てごらん、おれよかりっぱな連中は、みんな、勇気とユ-モアをわすれず、冷静沈着に、迫りくる死と向きあってきた。
だから、おれも、せいぜい意志の力をつよくして、たぐいまれなご一統さまのひとりとして死ねればと思っている。
臨終の床で悔恨にくれる、そんな甘ったれたことはしないさ。
ごめんなさいをいう前に、忘れちまうさ。
ひれ伏したり、すがりついてまで、魂の救済を祈りたい、とは思わないね。
おれの魂ってったって、ナニ、核だの、染色体だの、遺伝子だの、もしかしたら霊魂みたいに実態のないものが、ゴニャゴニャまざりあっただけのものかも知れないさ。とにかく、いちかばちか、賭けてみるっきゃない。くたばってゆくこのからだだって、五十年も、ずっといちかばちか、賭けつづけてきたんだ。
子どものとき、いよいよ夏休みがおしまい、って日がくる。今のおれが、そんな感じなんだ。
まだ時間はある、楽しかったことをちょっとふり返ってみる。前にピクニックに行った入江に、もう一度行ってみてもいい。クラゲが浮いていた洞窟まで泳いでみるか。木の枝にぶら下げたブランコをこいだり、砂のお城を作ったり。
今のうちに、食ったり飲んだり、そこそこいい気分になってみようか。
バカラで大当たり、色とりどりのチップスをごっそり、なんていうのもいい。きみたちふたりが、ほんのちょっと力を貸してくれるだけでいい。
どうしたって気弱になっちまう瞬間てのがあるだろうから、そいつを乗り越える手助けをしてほしいんだ。
(外の湖から、サイレンが三回きこえる)
汽船が出る。何時も出航10分前に鳴るんだ。乗り遅れないように合図する。さあ、二人とも、パスポ-トはもってるね。おれのもある。まだ期限切れじゃない。
ジョ-ジはアンがコ-トを着るのを手つだってやる。それぞれ持ち物をたしかめて、三人が出てゆく、同時に 幕が下りる
私の訳だからあまりうまくないが、これを読んでくださった方は、自分の声にのせて、このセリフを全部読んでみてほしい。
役者ではないのだからうまく声に出せなくていい。ヘタでもいいのだ。
私の「コージー・トーク」は、今日で1000回に達した。つたない私の「一千一夜ものがたり」を、今後ともつづけるべきや否や。
江戸の作者の口まねをしようか。
中田 耕治これを稿じ終わるの夕(ゆうべ)、灯(ともしび)を掲げ、案を拊(ふ)し、ひとり嘆じていわく、
才の長短と、ものの巧拙は旦(しばら)くいわず、HPに雅俗あり、また流行あり。そり流行は人にあるか、はた我にあるか。われいまだこれをしらず。呵々。
このブログをはじめるに当たって、いつも私を励まし、書きつづけさせ、あわせて管理の労をとってくれた田栗 美奈子、吉永 珠子のおふたりに心から感謝している。また、私の「文学講座」を推進してくれている安東 つとむ、真喜志 順子、竹迫 仁子、私を中心にしたグループ「NEXUS」と、私塾「SHAR」のみなさんには、どれほど感謝していることか。
そして、これまで私のブログを読んでくれた人々、いろいろ連絡してくれた方々、老いのくりごとにつきあって下さったみなさんにあらためてお礼を申しあげよう。
ほんとうにありがとう。