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人跡未踏とはいえないが、ほとんど人の立ち入らない森を歩いていて、思いがけない立て札を見かけた。
「森林ハ 兵器庫ダ  営林署」
戦争が終わって数十年たっているのに、昼なお暗い、鬱蒼とした森林のなかで、朽ちかけた立て札が戦意高揚を訴えかけている。
立て札をひっこ抜いて、アックスでたたき割ってやろうと思った。しかし、こんな場所でまだ戦意高揚を訴えている立て札があわれに思えた。
これを立てた営林署員は、本心から森林は兵器庫なのだと信じていたのか。はじめから誰の眼にもふれないと承知して立てたのかも知れない。こんな森が爆撃の目標になるはずもない。もしかすると、べつの意味で森林こそ国の兵器庫なのだと信じて、わざわざこんな場所に立てたのか。
自然破壊や、環境の公害が問題になっていなかった頃のこと。どこの山を登っていたのかそれももう忘れたが。