旧作を並べてみよう。むろん、俳句と呼べるものではない。
盃を手にして年のはじめかな
年あらたまりて、初春となる。当然のように酒になった。それだけのこと。内藤 鳴雪に「七転八起のそれも花の春」という名句があるが、私は七ころび八起きの人生を花の春と観ずるほどの人間ではない。
去年今年 日のかぎろいに 日のしずく
そこで、まあ、こんなふうになる。去年今年(こぞことし)は季語。旧年でもいいし、初昔でもいいのだが、こういう季語はもう使えないような気がする。
S.T.二十歳の誕生日。その名を詠んで、
冬日静か この高みなる夢の橋
S.T.は、私のファンになってくれた少女。会ったことはない。
K.I.の訃。享年、56歳。
春を待たず散るべき花にあらざりき
春寒や ホテルの部屋に眼の疲れ
大晦日に、正月の特別番組の台本を書いて、演出、録音して、まったく人通りのない赤坂から新橋まで歩いて、やっとタクシーをつかまえてホテルに戻った。
坂道の平かならず 春の朝
これはバカげた句だと思う。「坂道」が「平かならず」というのは当たり前ではないか。しかし、本人にはそんな実感があったのだろう。
薄曇り ミモザの女に逢いに行く
正月の句ではないのだが、なんとなくここに入れておきたい。「淑気」といったものを詠みたかったのだろうか。