745

 旧作を並べてみよう。むろん、俳句と呼べるものではない。

    盃を手にして年のはじめかな

 年あらたまりて、初春となる。当然のように酒になった。それだけのこと。内藤 鳴雪に「七転八起のそれも花の春」という名句があるが、私は七ころび八起きの人生を花の春と観ずるほどの人間ではない。

    去年今年 日のかぎろいに 日のしずく

 そこで、まあ、こんなふうになる。去年今年(こぞことし)は季語。旧年でもいいし、初昔でもいいのだが、こういう季語はもう使えないような気がする。

      S.T.二十歳の誕生日。その名を詠んで、
    冬日静か この高みなる夢の橋

 S.T.は、私のファンになってくれた少女。会ったことはない。

      K.I.の訃。享年、56歳。
    春を待たず散るべき花にあらざりき

    春寒や ホテルの部屋に眼の疲れ

 大晦日に、正月の特別番組の台本を書いて、演出、録音して、まったく人通りのない赤坂から新橋まで歩いて、やっとタクシーをつかまえてホテルに戻った。

    坂道の平かならず 春の朝

 これはバカげた句だと思う。「坂道」が「平かならず」というのは当たり前ではないか。しかし、本人にはそんな実感があったのだろう。

    薄曇り ミモザの女に逢いに行く

 正月の句ではないのだが、なんとなくここに入れておきたい。「淑気」といったものを詠みたかったのだろうか。