ずっとあとになって、台本は大南北の「東海道四谷怪談」と思いあたったが、浪宅の場で、按摩の宅悦、主人公の伊右衛門、関口官蔵、伴助、小仏小平が集まっている。
上手の障子をあけると、面体(めんてい)もすさまじいお岩が寝ている、という早替わりの場面など、ただふるえおののいて早く芝居が終わらないかと必死に祈っていた。
髪を乱れるにまかせたお岩は膿みくずれた形相(ぎょうそう)で、その切れ長のまぶたのあたりに、恨みをたたえている。その姿には、ものしずかな、というよりも、むしろもの倦げな表情があった。だから、岩が伊右衛門にいびり殺されて、怨霊が障子の桟(さん)を突きやぶって出現したときは、恐怖が極限に達した。
オバケは我と我が心臓を噛み裂くような形相(ぎょうそう)を見せていた。私は悲鳴をあげて、桟敷から逃げ出した。
その晩の私は、あまりのおそろしさにおびえて、祖母にすがりついて泣いた。