1899【向田邦子1】

向田 邦子について。短いエッセイを書いたことがある。
タイトルは、「庶民の哀歓を描いた作家~向田 邦子」。ただし、このタイトルは、私がつけたものではない。
以下、私のエッセイを載せておく。

向田 邦子

向田 邦子はすばらしい作家でした。短編作家としても、チェホフや、モーパッサン、キランドといった作家に負けないほどうまい作家です。
どういう短編でも、なんでもない描写のなかに、じつにみごとな冴えを、見せていました。たとえば――

  「こんなにつまらないお皿ひとつでもいろいろあってねえ。なかなか思い切って捨てられないものなのよ」
  テーブルの上のお皿をとりあげて、
  「ね、あんた、これ、覚えてる?」
  男は黙っています。
  「世田谷の……若林に住んでいた頃よ、縁日に行って、けんかして……ホラ……あのとき、夜店で値切った……」
  男は、チッと舌打ちをします。
  「何をつまらないことを……」
  「ほんと、どうしてあたしって、こうつまらないことしきゃ言えないのかしら」

「きんぎょの夢」

 これだけで、男と女の姿ばかりか、女の性格や内面までくっきりとみえてきます。

また別の短編では、結婚をひかえている二十四歳の女が、新婚旅行の打ち合わせに、残業をしている婚約者「達夫」のところを訪れます。おなじように残業をしている同僚の「波多野」が突然にいいます。

  「女は立派だなあ」
  笑おうとしているらしいが、口許はひきつっている。
  「知ってて知らん顔できるんだから」
  彼女は、親友にこの話をします。親友が聞き返します。
  「若しその人が、ぼくと結婚して下さいと言ったらどうする」
  「気持はうれしいけど断るわね。当たり前でしょ」 

「三角波」   

 すぐにも結婚をひかえた若い娘の微妙な心理、その内面の揺れが、何も説明されていないのにじんわりとつたわってきます。
このシーンだけでも声に出して読んでみると、それぞれの登場人物の表情や、姿勢、位置まで見えてくるようです。こうした心理的なレアリスムが向田作品の魅力ではないでしょうか。

向田 邦子はほんとうに才気煥発な作家でした。卓抜なエッセイストであり、作家でもあった。