暑いので仕事にならない。仕方がない。部屋のゴミを片づけようか。
色々なものが出てくる。古雑誌、古い写真、古い手紙。みんな大切に保存しておいたものだが、残念ながら、残しておく価値もないものばかり。
ときどき、古いノートが出てくる。
そんな中に、私が何かから書き写しておいたメモがあった。
ある日、ジュヴェは劇作家のトリスタン・ベルナールに会いに行った。
ベルナールのオフィスは、ひどく狭苦しい階段の上にあった。
私は、当時、ルイ・ジュヴェの評伝を書いていたので、ジュヴェのエピソードはかならずメモすることにしていた。トリスタン・ベルナールは有名な喜劇作家だから、俳優のルイ・ジュヴェが会いに行っても不思議ではない。問題は、ジュヴェはトリスタン・ベルナールと何を話したのか、ということになる。
そこで、私は、当時のトリスタン・ベルナールについて調べはじめた。
けっきょく、ジュヴェがトリスタン・ベルナールと何を話したのか、わからずじまいだった。ベルナールのオフィスは、ひどく狭苦しい。話を終えて、トリスタン・ベルナールは、ジュヴェを送って外に出たらしい。帰り際に、ジュヴェは大真面目な顔で、
「先生、注意してくださいよ。この階段、二段ばかりカトリックじゃありませんね」
トリスタン・ベルナールは答えた。
「だけど、おれだって違うからね」後日、この話をしてくれたジュヴェは、途中でたいへんなことに思い当たったように、気の毒なほどうろたえて、
「ひょっとして、劇作家先生、気をわるくしたんじゃないだろうか」
「まさか! そんなことで気をわるくするトリスタンじゃないさ」
「ああ、よかった! 安心したよ」泣きそうな顔で、胸をなでおろすジュヴェを見ると、つい、いってやりたくなるのだった。
「まったく、ルイときたら……つまらないことにこだわるからなあ」
このエピソードを私は使わなかった。ジュヴェはトリスタン・ベルナールの芝居を一度も演出しなかったからである。
評伝を書く仕事は、地図をもたずに登山をするようなところがある。自分ではしっかりしたルートをたどっているつもりでも、思いがけない方向に迷い込むことが多くて、自分でも因果な仕事だなあ、と嘆いたりする。
このエピソードを私は、使わなかった。ただ、メモしただけで忘れてしまったのだろうか。それも、今となっては思い出せない。
だから、このエピソードはいつ、誰が書いたのか。これも、もう調べようもない。
これだけのエピソードから見えてくるものはいくつもある。
フランスふうのジョーク。トリスタン・ベルナールのすました顔つき。ジュヴェの「小心」、または「臆病」。
私は、ジュヴェの「臆病」(プールー)について、たとえば「第三部/第一章」で書いた。この「臆病」(プールー)は、私の評伝の伏線の一つ。あえていえば、この「小心」や「臆病」は、俳優がほんとうの力や影響力を得るための唯一の手段とさえいってよいのだが、そうした俳優や女優を、じつは私たちは本気で見てはいない。
人は何故、俳優になるのか。私たちは、なぜ、ある俳優、女優を、名優、名女優というのか。では、名優、名女優とは何か。
最近の私は、そんなことを考えつづけている。
部屋を片づけていて、自分のメモを見つけて、いろいろなことを考える。
しばらく考えたあとは破り捨ててしまう。
ボケたもの書きだなあ。
