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 ときどき、江戸の小説を読む。
 テナことを書いているが――じつは私、あまり教養のない、スカタンなのだ。
 恋川 春町、朋誠堂喜三二なども、ほんの少し読んだだけ。山崎 北華はなんとか読んだが、芝 全交、市場 通笑、伊庭 可笑の青本にいたっては、まるで読む機会がない。
 馬琴はいちおう読んでいる。しかし、山東 京伝はほとんど読んでいない。これもむずかしくて読めない。
 『雙蝶記』のような勧善懲悪ものはまだしも(わかるから)いいが、深川の岡場所を書いた『大磯風俗 仕懸文庫』とか、色里の風俗をあつかった『通言総籬』、これも廓の女のあつかいようを描いた『艶話雑話 志羅川夜船』など、どうもおもしろくない。
 よくわからないので。
 山口 剛先生が『仕懸文庫』について、「一寸、黄表紙風のところがあっておもしろい」と書いているが、その黄表紙ふうのところが、やつがれにはおもしろくない。
 『通言総籬』にいたっては、「微に入り、細に渉って、息をもつかせぬ面白味がある」と仰せられているが、こういう批評がどうして出てくるのかまるで見当がつかない。
 先生は『志羅川夜船』の「西岸の世界」がおもしろいといわれるのだが、廓にあがったヤボ天の「武左の初會」のほうがおもしろかったのは、私がすかたんなせいだろう。

    さふしたきぎくとしら菊のおなじ流れの身じゃとてもコレむすこもなんぞうたは ツセエだまりんでありくと犬かほへるぜ

 「素見高慢」の書き出し。以下は、私の訳。

    そういう黄菊、白菊の、おなじ苦界にいきる女だからさ、(そんなつまらない顔をしていないで)ねえ、あなたも何か歌って頂戴な。(廓を)黙って歩いていると、犬に吠えられますよ。

 「ナニ公などは。本ぎょうが通だから唄を習ふよりちりからにすればいい。月見などはよし原へ行とがうてきに色ごとができるぜ」

「がうてきに」は、豪的に、だろう。こんなノはやさしいほうで、一度読んだだけでは、すっきり頭に入ってこないのだから、話にならない。

 近頃は聞かなくなったが、悪口に「すかたん」ということばがある。京伝は「すこたん」と書いている。
 これからは「すこたん」ということばを使おうか。