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 いつも400字詰めの原稿用紙を使っていた。
 原稿用紙の枡目を、万年筆で1字々々、埋めて行く。ひどく効率のわるい仕事だが、原稿料の単価が、400字1枚でいくらいくらときめられていたから、400字詰めの原稿用紙を使うのが自然だった。

 これが習慣になって、プロのもの書きとして、原稿の枚数という感覚が身についたと思う。たとえば、30枚の短編という注文があれば、ぴったり30枚で書く。630字のコラムを書く場合には、ぴったり630字以内で文章をまとめる。

 サイズの問題は、じつはきわめて大切なのだ。

 たいていの同人雑誌作家たちの大半は、まるっきりこういう制約を知らずに書いているだろう。ほとんどの人が、自分の書きたいことをズラズラ書いているだけで、枚数という感覚が身につかない。つまりは構成力が身につかず、ジャーナリズムに適応できない。

 書きあげた原稿をじかに編集者にわたす。
 自分の原稿が、眼の前にいる編集者に読まれる。このときの、なんともバツのわるさったらない。
 自分ではけっこういい原稿を書いたという自信もある。しかし、編集者が何をいうかわからない。わるくすれば、書き直しを命じられるかも知れない。そんな不安がある。
 たいていの編集者は、少しぐらい不満があってもパスさせてくれる。締め切りが迫っているから。
 私は原稿を書くのは早かったが、ほとんどの場合、締め切りぎりぎりになってから原稿を書くことにしていた。
 原稿のできがわるくても、編集者が原稿を受けとってくれるからだった。
 今となっては、みみっちい了見を恥じるばかりだが、同時に、そんな原稿を受けとってくれた編集者に感謝の気もちがある。なつかしさも。