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その界隈の酒場では、毎晩、いろいろな作家や編集者たちが集まって、誰かれなしに他人の作品を批評したり、ときには口喧嘩になったり殴りあったりする。
私はそういうバ-には立ち寄らないことにしていた。

彼女に案内された酒場は、その界隈でも、うらぶれた酒場のひとつだった。
ベニアに合成樹脂を張ったドアを開けると、いきなりカウンタ-になっていた。なにしろ狭い空間で、客が五、六人も入れば、もう動きがとれない。
「おや、いらっしゃい。お待ちしてましたよ」
彼女は、この店の常連らしく、バ-テンが声をかけてすぐにウィスキ-の水割りが前に出てきた。
「ヤッちゃん、こちら、あたしの先生。よろしくね。・・先生は何になさる? おなじものでいい?」
やがてなまぬるい水割りが苦い味を残して喉から胃にむかって落ちて行く。

話題はいくらでもあった。私の仕事。しめ切り。つぎの仕事。しめ切り。彼女が私に依頼してきた仕事。そのしめ切り。
彼女の卒業制作は有名な作家を論じたエッセイだった。大学を出て小さな業界誌の編集者になった。その後、もっと大きな出版社に移った。編集者としてやってみたい仕事。自分でも何か書いてみたいという。何を書いていいのかわからない。
私は酔っていた。
その視線の先に壁紙がわりに外国女優の写真のポスタ-が数枚、貼りつけられていた。マリリン・モンロ-だった。一枚は有名なヌ-ドだった。

「そういえば、マリリン・モンロ-って、たしか夏に死んじゃったのよね」
「1962年の夏」
「ああいう女優って夏に死ぬのよね。・・よし、きめた。あたしも、夏に死ぬことにするわ。・・ね、いいでしょ、先生・・あ、信じていない。いいわ、いまに、ぜったい夏に死んでやるから」

彼女の何杯目かのグラスが氷だけになっていた。