当日、フリードリヒ王は供舞(ぐぶ)の者どもを引きつれて、ウルムの貴顕紳士、淑女のみなさまがた、市中の人びとの熱烈な歓迎をうけられた。市民は、人類最初の飛行実験への期待にさざめき、いまや実現すべき破天荒な壮挙に胸をときめかせていた。
ベルプリンガーさんはなんとも奇妙な服装で、王にむかってうやうやしく一礼すると、水上の網代の台に立った。満場固唾をのんで静まり返った。
だが、ベルプリンガーさんは飛ばなかった。なんと、飛行機の片翼に故障が見つかったという。飛行は、急遽、中止。
拍子抜けした群衆から失望の声があがった。その声が、ベルプリンガーさんに対する非難に変わるのに時間はかからない。はじめ失笑が起きたが、すぐに、怒号や野次に変わった。会場は騒然となった。誰もがだまされたと思ったのだった。
けっきょく、ベルプリンガーさんは、破損した箇所を修繕して、翌日、おなじ時刻に飛行を試みると言明しなければならなかった。
だが、なんということか、翌日の早朝、フリードリヒ王はウルムを離れたのだった。
王がにわかに出立したため、市民たちのあいだに屈辱感がひろがった。会場に姿を見せたベルプリンガーさんは激昂した群衆にとり囲まれた。いよいよ台上に立ったベルプリンガーさんは危険を察知したのか、ひるんだように台上に立ったまま動かない。
息づまるような静寂のなかで、ベルプリンガーさんが動いた。だが、これは彼の意志で動いたわけではなかった。しびれをきらした市民のひとりが、いきなり彼の背中をどんと突いたのだった。
ベルプリンガーさんは飛んだ。大きな飛行機とともに。
だが、大空に羽ばたくはずの愛機は、そのままドナウの水面に飛んだ。つぎには、まっすぐ水面に墜落したわけである。ドナウの波は、押し寄せた群衆の嘲笑と罵声になって可哀そうなベルプリンガーさんをのみこんだ。
此第二回の不幸な飛行試験に依って「ベルプリンゲル」の運命も捺印せられた。彼は一種の笑の種となり引いて「ウルム」人も侮辱的嘲笑の的となった。
話はこれだけである。
おもわず笑ってしまった。なんとも、のんびりした話ではないか。
だが、可哀そうなベルプリンガーさんの運命を思うと、いつか笑いは消えていた。
仕立屋さんは、「飛行機」を発明したと称して、世間の喝采を浴びたかったに違いない。毎日あくせく働くだけで、たいした稼ぎにもならない仕立屋の仕事にうんざりして、世間をあっといわせよう、と考えて途方もないジョークを考えついたのか。
そのうちにこれを見世物にして、観覧料をとってひと儲けしようという、よからぬ欲が出てきたのか。
彼は自分の夢に酔いしれたのだろう。その夢に、無節操と名誉心の、一種の狂気が生まれた。
まさか王さまの耳にたっするとは思わなかった。まして、ご叡覧(えいらん)の栄(えい)をうけるとは思ってもみなかった。
だが、彼は逃げなかった。逃げられなかった。町じゅうの評判になっていたし、王のご台覧の栄に浴すると知って、さっそくビールとソーセージの酒宴がはじまり、日頃はさして親しくない人たちまでが押しかけてきて、祝福のことばをかけたり、ついには「飛行機」の発明がウルム市の名誉であって、彼の壮挙はドイツ民族の誇り、ということになったのだろう。
誰もが成功を疑わなかった。もしかすると、ベルプリンガーさんも自分の「発明」を信じきっていたのか。