夏休み。
夕方になると、子どもたちが横町の角に集まる。日ざかりで遊ぶのを避けていた。
その時間に、紙芝居のおじさんがまわってくる。子どもたちにとっては、活動写真につ
ぐ楽しみだった。
ある日、紙芝居がくる前に、その街角で、道端に見知らぬオジサンが休んでいた。修験
道の行者か修行僧らしく、異様な風体だった。おそらく六部だったのだろう。
頭に六部笠。ぼろぼろで汚れた衣。素足にわらじ。赤銅色に日焼けした肌。
道端に、笈(おい)が置かれて、子どもたちが外の扉をのぞき込んでいた。
その笈(おい)は、まわりに金網が張りめぐらされて、なかのものに手をふれることが
できないようにしてあった。
私も子どもたちのうしろからのぞいて見た。
笈(おい)の扉が開かれて、そこにびっしりと何かが貼りつけてあった。どれもおなじ
サイズ。縦が2・5センチほど、横幅がせいぜい2センチの小さな写真。
全部が、子どもたちの顔写真ばかり。その数、ざっと二、三百はあったような気がする。
なかには、色が褪せて、黄色や褐色になっているものもあった。
写真の子どもたちの表情は、どれもぼんやりしている。しかし、それぞれが子どもたち
の顔だということはわかった。しばらく見ているうちに、その子どもたちのなかに、女の
子らしい顔が見わけられるようになった。
その写真の子どもたちは、みんな、行方不明になったのだった。人買いにさらわれたり、
家出をしたり。神隠しにあったのかも知れない子どもたちばかりだった。
私はいいようのない恐怖におそわれた。夏休みの期間、私はその横町に足をむけなかっ
た。家の近所に住んでいる友だちと遊んでも、あの六部笠にぼろぼろな衣の放浪の修験者
が、道端に、笈(おい)を置いて、私を見ているかも知れない。
金網を張った厨子には、おびただしい子どもたちが無心にこちらを見つめている。
こわくてたまらなかった。