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あるとき、私は自分の周囲にいる若い女の子たちに、短い長編を書かせた。このシリーズはいくらか評判になったが、宇尾さんにもお願いして長編を書いてもらった。私が期待したものとは違う内容になったが、宇尾さんにが書いてくれたことがありがたかった。宇尾さんは、ペンネームを使っていたから、あまり知られていないかも知れない。(注)
宇尾さんは、生活のためにいろいろな仕事をしていたが、どんな仕事をしても、宇尾さんの誠実さは感じられた。
室生 犀星のことばだが――もの書きは一人前になって、あなたの作品が好きだとか何とかいっても、いわれたほうがきまり悪い思いがするから、いっさいそんな見え透いたことはいわなかった、という。おなじような意味で、私は宇尾さんの作品について批評めいたことはいわなかった。
「朝」の仲間といっしょに出したアンソロジー、『姥ケ辻』に、「花ばたけは春」という作品を書いている。老年をむかえた女性の境遇、内面を描いたもので、老年の華やぎといったものが感じられた。
おなじ時期に、宇尾さんが、聖ハリストスのイコンの画家、山下 りんの生涯をたどっていたが、この評伝が完成しなかったのは痛恨のきわみだったと思われる。
そのとき、宇尾さんの内面に何があったか、私などに忖度できるものではない。
注)『愛の雫はピアノの音色』 森 扶紗子著 双葉紗 1989年2月刊