「どうすれば、上手にしめくくれるだろうか」などと考える人には関係がないのだが、ある長編のオープニング、そして、エンディングを思い出した。
まずは、オープニング。
「灰色にどんよりと夜が明けた。雲は重苦しく垂れこめて、雪になりそうな寒気がただよっていた。」
この長編は1915年に出たから、今から100年も前の作品だが、発表当時はあまり成功したとはいえなかった。批評家にも黙殺された。ただし、誰より先に称賛のことばをあげたのは、意外にもアメリカのシアドー・ドライザー。
この新人作家は3年後に「月と6ペンス」を発表して、あらためてこの長編も再評価されるようになった。「人間の絆」である。
そのエンディング、つまり「しめくくり」をあげておこう。
「彼は微笑して、彼女の手をとり、じっと抑えた――二人は手すりにしばらく佇んでトラファルガー広場に眼をやった。いろいろな馬車が、四方八方に走っていて、人影があらゆる方向に通り過ぎて行く。そして、陽が輝いていた。」
エンディングだけを見ると、簡潔だが、単調で、平凡に見える。しかし、「人間の絆」が、苛烈で、深刻な物語であることを知っている読者には、こういう「しめくくり」こそ、この大長編にふさわしいと思えるのだ。
新聞や雑誌で読んだ上手なしめくくりを採集し、キーワードで分類してパソコンに入力することを始めるような(ちょっとした工夫で)小説を読む楽しさが広がっていくようなことはない。
また、そんな工夫で文章が上達するだろうか。