ハプスブルグ王家の歴史。
ルドルフからはじまって、アルブレヒト二世、ルドルフ四世。
しばらくしてマキシミリアンが出てくる。
なんといっても、カルロス(クィント)五世、フェリ-ペ二世、フェルディナンド一世の時代がおもしろい。
やがて、バロックの時代のレオポルド一世。
さらには、マリ-ア・テレジア。
いつだったか、種村 季弘と話をしていて、たまたまマイエルリングの悲劇が話題になった。ハプスブルグ最後の皇太子と男爵令嬢の悲劇。
私は、ハンチュカ、カ-ンあたりから、ヴァンドルシユカなどの研究家のものを読んで、ハプスブルグを少しづつ勉強していた。
フィリップ・エリアの小説を読んでいた私は、小説ではこれを越えるのはむすかしい、と思った、しかし、評伝という形式なら、この王室の悲劇を書いてみたいと思った。
種村 季弘がにやりとした。
「ボワイエとダリュ-だね」
ハプスブルグ王家について書く気がなくなった。