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小学生の頃、ナンセンスなことば遊びがはやった。おおかたは忘れているのだが、こういう「ことば」である。
「ぺ-チャ・ジンジン・・・・・・・ナンバン、カラクテクエネ」

朝、学校に行くと、まるで挨拶のように誰かれなしに、「ぺ-チャ・ジンジン」と声をかける。かけられた相手は当意即妙にいい返さなければならないのだが、即興で答えるので、この部分は忘れている。すかさず、相手が「ナンバン、カラクテクエネ」と答える。どうってことのない、つまらないことば遊びだが、小学生には楽しいやりとりだったらしく、しばらく流行した。

「ナンバン、カラクテクエネ」。唐がらしは辛くて食えない。

関西ではトウガラシのことを南蛮(なんばん)という。この(ナンバン)だけが、どうして東北に残ったのだろうか。
南瓜は、インドシナから伝来したところからカボチャと呼ばれているらしいが、九州あたりではボ-ブラという。私の育った下町では、ト-ナスといっていた。唐茄子である。悪口をたたくとき、「あの唐変木(とうへんぼく)め」というのとおなじで、「あの野郎、ト-ナスカボチャのくせしやがって!」と、ごていねいに二重かさねの悪口になった。
太宰 治が河口湖に滞在して『富嶽百景』を書いていたとき、宿の女将がホ-トウ料理を出した。ホ-トウは武田信玄の戦陣食として知られている。太宰 治はこれを「放蕩」と聞き違えて不機嫌になったという。

唐木 順三のものを読んで、「なんでえ、この唐変木(とうへんぼく)め」と悪態をつく。中村 光夫の『明治文学史』には「ケッ、ト-ナスカボチャのくせしやがって!」と悪口をたたく。別に悪意をこめるわけではないが、けっこう楽しい。

小学生のたあいもないことば遊びを、老いぼれ作家がふと口にする。記憶中枢に刻まれた「ことば」は不思議な働きをするものだ。