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ヨ-ロッパ・ツア-に行った人の話。パリでのこと。
一行に、おもしろいお坊さんがいた。
パリには、どんな裏通りにも歴史の重みがずっしりとつもっている。しかし、パリに着いた坊さんは、歴史などに眼もくれない。観光客の行く名所にも興味はなかった。ただ、ほかのツア-客について歩くだけで、カフェ、ビストロにも立ち寄らない。
ひたすら買い物に熱中していた。いわゆるブランドものばかり。
パリ到着の日から、坊さんは、上から下までグッチで身を固めたのである。パリは、彼にとってはグッチであった。
パリの毎日は、ブランド品の「移動祝祭日」であった。
帰国したあと、その話を聞いた私は、この坊主に「グッチ坊主」というあだ名をたてまつった。もともと読経がヘタで、ろくにお説教もできないクソ坊主だった。
いまでは死語になっているが、「まいす」ということばがある。売僧と書く。中世の「狂言記」に出てくるが、一昔前の時代小説でも、良く見かけた。
ことばは死語になってしまったが、現実に「まいす」はこうした「グッチ坊主」のような姿で生き残っているのだった。