昔の映画を見る。
たとえば「存在の耐えられない軽さ」(フィリップ・カウフマン監督/88年)。
若き日のジュリエット・ビノッシュを見たくなって。
ジュリエット・ビノッシュは、18歳でコンセルヴァトワ-ル(国立演劇学校)に入学して、ベラ・グレッグの教えをうけている。ベラ・グレッグの先生は、タニア・バラショヴァ。こんなことから、「戦後」のルイ・ジュヴェのコンセルヴァトワ-ル教育が、ジュリエット・ビノッシュの内面に流れているらしいことが想像できる。
ジュリエットが先生から芝居(演技)についてまなんだことは、演技術ではなく、自分の内面にあるものに気がつくことだった。作りものの演技と、ほんとうの演技の違いがそこから生まれ、やがては演技は「言葉で語らない」芝居になる。
彼女がチェホフの『かもめ』公演のあと、すぐに「ポンヌフの恋人」に出たと知って、私は彼女の芝居(演技)について考えるようになった。
「何かを演ずるとき、必要なものはいつもそこにある」とジュリエットはいう。
若い頃から映画で全裸になったり、性交する女をエロティックに演じたことも、作りものの演技ではなく、女としての真実をどこまでも女優として表現しようとしたからだった。いまやフランスを代表する女優といっていい。
二度もセザ-ル賞を受けているし、ハリウッド映画でもアカデミ-賞も受けているが、フランス人は自分の成功をうけいれることがむずかしいという。成功にうしろめたさを感じるから。
私にいわせれば、天性そういう「含羞」をもった女優こそ、もっとも成功する確率が高い。
ときどき昔の映画を見直すのは、その時代のスタ-をなつかしむためではない。ひとりの女優が、いつ、どこで、どのようにして他の女優たちと違っていたのか、違ってきたのかそのあたりをたしかめる発見があるからだ。