オデットから花をもらったような気がする。
大切そうにかかえていたマリーゴールドだったと思う。偶然、出会った街のなかで。花などをもつにはいちばんふさわしくない彼が、これをもって帰ったときの晴れがましさ。花でなくても、その人の大切な気もちがこめられていればいるほど、もらう、あげる、という行為のありがたさ、と同時に、こわさみたいなもの。ささげるといってもいいような。なんだ、こんなもの、と鼻であしらうわけにはいかない。くれた相手が、格別、それを愛しているとわかっているだけに、こちらにその気もちがかかってくる。 「インドのバラっていうみたい」彼女がいった。
花を知らない。インドのバラだろうが、マリーの黄金だろうが、どうでもいいようなものだった。単純にうれしいには違いないのに、なぜかその花に対して劣等感のようなものをおぼえて、少し動揺した。美しいものにたいする眩暈(げんうん)といおうか。それは、彼女の若さに対する引け目だったかも知れない。
片手に明るい赤のマリーゴールドの花をさかさに握り、野の花のように風に吹かれているふぜいで、たよりなげでとても綺麗だった。
コーヒーを飲んで別れたが、彼女をつつむ空気がそこだけ澄んでいる、重たい春の黄昏に彼女とホテルに行った最後の日になった。