夏目 漱石は、胃が弱かった。明石に講演に行って、飯蛸を食べ、からだをこわして入院した。友人の長谷川 如是閑がお見舞いに行った。
「其うちに向ふの広間の二階の廊下に、若い商家の小僧のやうな身装の男が出て来て、手摺につかまって二三度身体を前にのめらしたと思ふと猛烈に嘔吐を初めた。すると、同じやうな装をした少し年上らしい若者がよろめきながら出て来て、吐いている男の背を撫でてやる。夏目君は此方の座敷からそれを見て、「見給へ、アレで介抱してゐるつもりなんだぜ」といって、頻りに「面白いナア」「面白いナア」と繰返した。」
(「犬・猫・人間」 大正13年)
このエピソ-ドはおもしろい。しきりに「面白いナア」「面白いナア」とくり返した漱石の顔が見えるような気がする。何がおもしろかったのか。それを想像するのもおもしろい。同時に、自分も猛烈に嘔吐したあげくに入院している身の漱石に、いささか許せないものをおぼえていた如是閑の不機嫌な表情も見えるような気がする。
それよりも、少し年上の若者がゲロを吐いている男の背を撫でてやっているようすを、漱石はなぜおもしろいと思ったのか。
ここに、漱石の「滑稽」に対する感覚、あるいはヒュ-マ-の性質を見てもいいような気がする。さらに、ゲロを吐いているひとりがくるしんでいるのに、もうひとりが生酔いで、背中をさすってやることしかできない。それでいて介抱してゐるつもりになっている。それを見ている漱石のまなざしに、なにか苛烈なものが秘められてはいなかったか。
もっとも、こんなエピソ-ドをおもしろがっている私のほうが、よほどおもしろいかも知れないな。