国分寺の駅から表通りに出た。少し歩いたとき、見知らぬ若者に呼びとめられた。知り合いではなかった。にこにこして話しかけてくる。どうやら路上でインチキ商品を売りつけようとしている。さりとてヤクザではない。アルバイト学生でもない。少し警戒しながら立ちどまった。たいして利口でもなく、詐欺を常習とするほど悪辣でもない。こすッからい感じがなかった。予想した通り、携帯電話そっくりに作ってあってボタンを押すと時間が出てくるトゥ-ルを買ってくれという。
人のよさそうな微笑をうかベながら、不況で会社が在庫処分に踏み切ったもので、品質は保証するという。明るい表情で、誠実そうな若者だった。
だますやつと、だまされるやつ。私はだまされるほうがわるいと思っている。さては私をくみしやすし、と見たか。
彼がどういうふうに私をだまそうとしているのか興味があった。ひとしきり話を聞いてから私は男をふり切った。
なかなか興味があったよ。品物に、ではなく、きみに。私はいってやった。
しばらく歩いているうちに気が変わった。たしかにペテン師には違いないが、やたらに明るくて気のいい男なので憎めない。Made in China のオモチャなのだから孫にくれてやってもいい。戻った。男の顔に不審な表情が浮かんだ。
こんなものはいらないのだが、あんたの気のいいところが気に入った。買ってやるよ。私はだまされていると承知した上で、きみの人柄が気に入ったといってやった。
男は唖然とした顔になったが、明るい声で、ありがとうございます、といいながら、私にオモチャをわたしてくれた。私の顔を見て、「失礼ですが、ご住職さんで?」
「冗談じゃない。おれが坊主に見えるかい。だいいちそんな人徳のある御方じゃないよ。きみにだまされるくらいだからな」
別れるとき手をふってやった。ちょっと楽しい気分だった。