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香織さん、茂里さん。

きみたちの手紙で、私なりにコロナ・ウイルスの日々や、自分の生きてきた時代を考えてみようと思いはじめた。

ごく大ざっぱにいって――私の世代は、大不況、日中戦争、太平洋戦争、「戦後」、バブル、平成という不毛の「失われた20年」を生きて、ここにきてコロナ・ウイルスの災厄を見なければならなくなった不幸な世代なのかも知れない。

そういえば――きみたちは平成不況からようやく立ち直りかけながら、ここにきてコロナ・ウイルスの後遺症に苦しむ最初の世代ということになる。どちらが、より不幸なのか。

ところで、コロナ・ウイルスの日々、私にとって、おおきな楽しみのひとつは――
きみのあたらしい仕事を読みつづけることだった。

スーザン・イーリア・マクニールの「スコットランドの危険なスパイ」(圷 香織訳)。「マギー・ホープ」シリーズの最終巻。これだけで、442ページの大作。

「スコットランドの危険なスパイ」のヒロイン、「マギー・ホープ」は第2次世界大戦中、イギリス首相、ウインストン・チャーチルの秘書だった。(第1巻)こういう設定の意外性から、まず原作者の驚くべき力量が想像できる。
やがて、「マギー」は、王女、「エリザベス」の家庭教師になる。いうまでもなく、「戦後」のイギリスに君臨する女王、エリザベス二世である。(第2巻)
「マギー」は国王陛下直属のスパイとして訓練を受ける。(第3巻/第4巻)
「マギー」は、戦時中の上流階級のレディとして、ナチス・ドイツの情報機関を相手に死闘を続ける。さらにバッキンガム宮殿の内部に潜入している二重スパイを追求したり、ブンス本土でナチに抵抗するレジスタンスを応援したり。(第5巻/第6巻)

ところが、特別作戦に参加しなかったため、イギリス情報部の秘密を「知り過ぎた」スパイとして、スコットランドの西海岸、それこそ絶海の孤島の奇怪な古城に軟禁される。ほかにも、「マギー」とおなじように有能で、スパイとして活動してきた9名の工作員がこの古城に「隔離」されている。
この孤島から逃亡できる可能性はない。

そして、あらたに一人の工作員が島に送り込まれる。その日から、先住の工作員がつぎつぎに異様な死を遂げる。工作員同志が互いに連続殺人事件の犯人ではないかと疑い、次に血祭りにあげられるのは自分ではないかという恐怖のなかで、「マギー」は、見えない敵に反撃を開始する。だが、誰を目標にすればいいのか。誰が、何のためにつぎつぎと「敵」を葬りさってゆくのか。

私は、スパイ小説が好きで、オップンハイム、ル・キューから、サマセット・モーム、グレアム・グリーン、エリック・アンブラー、さらにはフレミング、ル・カレと読みつづけてきた。

スーザン・イーリア・マクニールの「スコットランドの危険なスパイ」を圷 香織訳で読んだおかげで、コロナ・ウイルスで鬱屈した気分が晴れた。
私としてはパリ潜入のあたりの「マギー・ホープ」にいちばん魅力を感じているのだが。

書評を書くわけではないので、コロナ・ウイルスの日々、毎日、本を読む楽しみをあたえてくれたきみの仕事がありがたかった。

また、いつかきみに会う機会があれは、私なりの感想をつたえたいと思っている。