1852 (2020年4~5月の記録)

20年4月22日(水)。毎日、同じような時間が流れてゆく。
川柳を読みつづける。

外出自粛を続けている。わが家の近辺ばかりでなく、通りに通行人の姿はない。車も通らない。まるで、戒厳令が布かれたような状態。
このまま5月の連休明けまで家の中で過ごすのだから、退屈な日々が続く。仕方がない。川柳はむずかしいので、短歌を読むことにした。

尾上 柴舟編の「敍景詩」。
この旧派の和歌は、どういうものだったか。つまり、子規と対立していた歌人たち、現在ではもはやその存在も忘れられた歌人たちのもの、その敍景詩を読む。

朝の鳥に聞け、朝の雲に希望を歌ひ、夕の花に運命をささやくにあらずや、谷の流に見よ、みなぎる瀬には、喜の色をあらはし、湛(たた)ふる淵には、夏の影をやどすにあらずや。

金子 薫園、尾上 柴舟編の「敍景詩」の序文の書き出し。明治35年の美文。

なにごとか御堂の壁にかきつけて 若きたび僧はなふみていにし

河田 白露

読経やみて昼 静かなる山寺の 阿伽井の水に花ちりうかぶ

朽木 鬼仏

誰(た)が墓にそなへむとてか花もちてをさな子入りぬ ふる寺の門

平井 暁村

一すじの砂利道ゆけば右ひだり 菜のはなばたけ 風のどかなり

須藤 鮭川

かりそめに結(ゆ)ひし妹があげまきの髪のほつれに春のかぜ吹く

みすずのや

行き行きてつきぬ山路のつくるところ 白藤さきて日は斜(ななめ)なり

川田 露渓

 こういう短歌から、明治中期の風景を想像する。もはや失なわれた風景を。
なぜか、なつかしい風景に見える。
ただし、なつかしい、おだやかな敍景だが、コロナ・ウイルスの感染にさらされている現在の若い世代にはまったく想像もつかない風景だろう。

しかし、こうした和歌の伝統は、正岡 子規によって断ち切られた。
あらためて、日本人に特有な叙情性について考える。

「アララギ」によって駆逐されたはずの金子 薫園、尾上 柴舟などの影響は、新聞の短歌欄など、遙か後年の現在にも残っているような気がする。

 

 

image