1977年10月17日(月)
朝、近くの「石橋商店」のお内儀さんがきて、表の道路でネコが死んでいます、と知らせてくれた。悪い予感が走った。
すぐに行ってみた。わが家の飼いネコ、チビが死んでいた。名前こそチビだが、その前に生まれたマックに劣らないほど大きくなってしまった。しかし、私が可愛いがっていたネコだった。
車にハネられたことは歴然としている。左の目がとび出していた。その血が凝固して、目の回りが黒っぽくなっている。それ以外に出血してはいなかった。どういう状況で死んだのか。
よく見ると、目がとびだしているだけで、左の側頭部に血がひろがっていた。
あまり醜い死にざまをさらしていない。
可哀そうに。
死体をすぐに処分しなけれはならない。少し考えて、玄関先から右、ツタの近くに埋めてやることにした。
土を掘っているうちに、涙が出てきた。
ほんとうに可哀そうなことをした。日頃、可愛がっていただけに、こんな死にかたをしなければならなかったチビが不憫だった。
それにしても、これまでイヌやネコを何度葬ってやったことか。それぞれのイヌやネコには、私が可愛がってやった思い出が残っている。
ある日、北 杜夫が私に、
「生きものは飼いたくない。死なれるとつらいので」
と語ったことを思い出す。
1977年10月18日(火)
「ガスホ-ル」で「がんばれベア-ズ特訓中」(マイケル・プレスマン監督)を見た。シリ-ズの2作目。つまらない映画だった。
いろいろな理由が考えられるが――「がんばれベア-ズ」がもっていた社会批判が消えたことが、この映画をつまらないものにしている。
ダメな監督に率いられたダメなメンバ-でも、全力を尽くせば、決勝まで進めるのだ、というテ-マ。これは、「がんばれベア-ズ」のヒロイズムだが、ヴェトナム戦争後に傷ついたアメリカ社会の縮図だった。
ところが、この「特訓中」は、そのテ-マがスッポリ消えている。
もっといけないのは、主人公の少年と父親の対立が、ホ-ムドラマめいた感傷になっている。このあと、シリ-ズの3作目は、いよいよ少年野球の日本遠征となる予定だが、こんなものがいい映画になるはずがない。
時間があるので、「風に向かって走れ」(ウィリアム・グレアム監督)を見るつもりで「松竹」に行った。ところが、「悪魔の生体実験」という映画の試写だった。見にきていたのは、ほんの2,3人。ナチの女囚強制収容所を描いたもの。サディズムとエロティシズムを売りものにしているが、どうしようもない映画。
「山ノ上」、「三笠書房」の三谷君。
講義。お茶の水近くで、中田パ-ティ-のメンバ-と会う。話題は、先日の武尊山のすばらしさ、沼田で中田先生とはぐれたこと。
1977年10月19日(水)
西ドイツで起きたハイジャック事件。武装した特殊部隊が出動してテロリスト全員が射殺され(1名は重傷)、人質は救出された。
この事件の対応が、先日の「日航」のハイジャック事件と比較されている。5日間もねばりづよく時間を稼ぎながら、ぎりぎりのところで特殊部隊を送り込み、人質の救出を敢行した西ドイツ当局を称賛する。
ハイジャックを自力で処理するため、警察が特殊なコマンドを用意することを急務とする声がひろがる。わが国でも、テロ対策はきびしくなるものと予想される。
1977年10月19日(水)
今夜は、「ドクトル・ジバゴ」(ディヴィッド・リ-ン監督)をやるので、見ておきたいと思う。
夜、6時、「千葉日報」の遠藤君が迎えにきてくれた。
川井、「倶楽部泉水(いずみ)」で話をする。このクラブは会員制で、千葉のエリ-トが利用するらしい。この「泉水(いずみ)」は、田舎の庄屋の邸を改装した和風の屋敷で、明治天皇が少憩した由緒ある倶楽部という。私の「お話」は、ルネサンスについての講話のごときもの。
きっと、みなさん、退屈なさったんじゃないかな。
1977年10月20日(木)
芸能界をゆるがしているマリワナ騒ぎ。
海老坂 武のエッセイ(「文芸」11月号)によれば、フランスでもマスコミで反麻薬キャンペ-ンがひろがっている。その底流には、高齢化社会の自己防衛本能としての若者差別がある。「不可解なものを排除しようとする憎悪の分泌液だけが紙面ににじみ出ている」とか。
マリワナの流行は、5月革命以後の目的喪失と社会への不快感、異議申し立てにほかならない。昨年、200人の知識人が――麻薬(マリワナ)を使用しただけで犯罪視することに反対し、マリワナの非処罰を要求する声明に署名したという。
こういう機運は、わが国にはあらわれない。
しかし、井上 陽水、研 ナオコ、内藤 やす子、美川 憲一、にしきの あきらといったシンガ-たちの逮捕は、どう見ても贖罪羊にされたとしかいいようがない。
1977年10月23日(日)
あさ、6時40分、新宿。女子学生、2名が待っていた。ふだん、声をかけたこともない女の子なので驚いたが、参加してくれたのはうれしかった。国井、岡安の2人。登山らしい登山の経験はないという。そのあと、小林、古屋の2人。けっきょく、11名。甲府行き。
予定変更。ハイキング程度の山歩き。鳥沢で下りて、高畑山に向かう。小さな山なので、休日でも誰も登らない。それでも、家族づれ(3人)と、ハイキング・グル-プに出会った。
長い山道を歩き、小高い岡の裾を回ってゆく。道は徐々にせりあがってゆく。道の両側から延びた灌木の枝をよけながら通り抜けると、意外にひらけた場所に出た。エメラルドに輝く秋空。
ほかのパ-ティ-はいない。ザックをデポしても大丈夫と判断して、倉岳山をめざした。
山は低かったが、楽しいハイキングになった。
新宿に戻ったのは8時半。
大畑 靖君の「ミケ-ネの空は青く」の出版記念会に向かった。残念だが、間にあわなかった。二次会の「二条」で、大畑君に会う。私がザックを背負っているので、大畑君も、遅参を許してくれたらしい。
昔、「東宝」の脚本部にいた、松下某が、私を見て挨拶に寄ってきた。私が「東宝」で仕事をしていたとき、表面はにこやかだったが、蔭にまわって、さんざん私の悪口をいいふらしていた人物だった。
こういう策謀家(ストラジスト)を私は憎んでいる。
1977年10月24日(月)
「カプリコン 1」(ピ-タ-・ハイアムズ監督)を見た。朝、9時からのホ-ル試写なのに観客が多い。SF。試写の反応によって、クリスマスに公開するらしい。
火星宇宙船、「カプリコン 1」の発射直前、宇宙飛行士、3名が極秘裡に、砂漠の秘密基地に移される。宇宙船「カプリコン 1」ののロケットに故障が発見されたため、NASAは、宇宙飛行士たちに火星着陸の演技をさせようとする。ところが、無人の「カプリコン 1」が帰還の途中で爆発したため、こんどは宇宙飛行士、3名の存在が邪魔になる。エリオット・グ-ルド主演。
「松竹」に行って、「風に向かって走れ」(ウィリアム・A・グレアム監督)を見る。これは西部劇。
逃亡インデイアンをとらえる騎兵隊の暴虐を知ったガンマンと、騎兵隊から逃げてきたインデイアンの娘のほのかな愛情。しかし、騎兵隊の追求の手が延びて、娘は暴行され、自殺する。
もう1本、「ランナウェイ」(コ-リ-・アレン監督)。
これは、禁酒法時代。大手の密造組織が、零細な密造者をつぶしにかかる。これに一匹狼の密造人が立ち向かう。デイヴィッド・キャラダイン主演。
一日に3本も試写を見ると、さすがに疲れる。
いつまでもこういう生活をつづけるわけにはいかないな。