1977年5月8日(水)
新築の家の上棟式。
百合子は朝から準備に追われている。大工たちは、朝8時から正午過ぎ、1時まで仕事をつづけて、ようやく棟をあげた。
さすがに深い感慨があった。百合子の実家からいろいろな援助をうけた。家の新築を考えて、何度も施工者とやりあいながら、今日、ついに上棟式をむかえた。
親族の一番乗りは須藤 泰清君。新婚のきぬ子さんをつれてお祝いにきてくれた。泰清君は、百合子の従弟にあたる。しばらく雑談をしたが、やがて、婦公、湯浅 泰仁、かおる夫妻が到着した。
ふたりも上棟を心からよろこんでくれた。婦公は、おれの娘は断じて三文文士なぞと結婚させないと宣言して最後まで百合子と対立したが、周囲、とくに百合子の姉、小泉 賀江の説得に譲歩して、私と百合子の結婚にあえて異を唱えなくなった。
その後、この家の新築を計画したのは、百合子の英断による。百合子は、このとき、「集英社」版の筆耕をすべて自分の手でやってくれたのだった。
上棟式にいろいろな人が集まってくれた。
2時頃、これも新婚の柴田 裕夫妻がきてくれた。私たちが月下氷人をつとめたカップルだった。結婚式の写真を届けてくれたので、百合子とふたりでよろこびあった。
上棟式がはじまって、酒宴になる。歌を披露する連中もいる。私は、およそ社交的ではないので、こういう酒席はあまりありがたくないのだが、施主としてできるだけ神妙な顔をしていた。
酒宴がたけなわの頃、いろいろな人から電話があった。思いがけない電話もあった。
西島 大が千葉にきている、という。上棟式と知って、電話で祝意を述べただけで失礼するという。せっかくきてくれたのだから、百合子に会ってほしいと答えた。
西島 大は、私と同期の友人で、内村 直也先生の弟子。「青年座」の創立メンバ-のひとりだった。私は、「青年座」で、西島 大の一幕ものを演出して、演出家としてデビュ-したが、その後、「青年座」が下北沢に稽古場を移したとき、「青年座」演出部を退いた。千葉から下北沢に通うことは、当時の私には無理だったからである。
その後、西島 大は、映画のシナリオ作家として成功した。さらに、テレビ・ドラマ、ラジオ・ドラマを書いて、この10年、「青年座」をささえてきた。
この日も、テレビ・ドラマのヒット・シリ-ズ、「西部警察」のシナリオを書くために、成田空港を視察しての帰りという。私が、千葉に住んでいることを思い出して、電話してきたのだった。
私は旧知の西島 大と再会できることをよろこんだ。
西島 大は、もともと小柄だったが、アゴヒゲをたくわえて、ちょっと、ヴエトナムのホ-・チンミンに似てきたようだった。
西島 大はこれも旧知の女優、高橋 みつえといっしょだった。高橋 みつえは、内村先生が始めた「芸術協会」で、百合子と同期だった。百合子は、「芸術協会」を出てNHK、「文化放送」、「ラジオ東京」のドラマ、クイズの司会などに起用された。しかし、私と結婚したため、芸能界を去ったが、高橋 みつえは入れ違いにTBSと契約して、ドラマに出るようになった。美貌だったが、女優としては大成しなかった。
昨年(1976年)から、銀座のバ-のママになっているという。
私は西島 大と、百合子は高橋 みつえと話をつづけた。お互いに共通の友人だった矢代 静一や、山川 方夫の話が出た。
西島 大は、こんなことをいった。
「お互いに偉くなれなかったな、けっきょく」
西島 大は、「青年座」付属の「俳優養成所」の所長になっていたが、本業の戯曲は上演されなかった。テレビでは、いろいろヒット・シリ-ズの台本を書いたが、所詮はシナリオ作家としてしか見られない。そんな自分を卑下して、自嘲めいたいいかたをしたらしい。
私は、「そうだね」と答えた。
西島 大がこういういいかたをしたのは、私に対するひそかな優越感のせいだった。テレビでヒット・シリ-ズの台本を書いているので、私に対して優越感をもちながら、こういういいかたをする。なぜかねじくれた劣等感がからみついている。
(その後、何度か西島 大に会ったが、いつもきまって、「お互いに偉くなれなかったな、けっきょく」というのだった。 後記)
私はにやにやしながら、いつも話題を変えた。私は才能のない作家だったが、自分を文学落伍者(リテ・ラテ)だと思ったことはない。もともと西島 大と競争するつもりもなかった。
百合子もみつえといろいろ話をしていたが、お互いのあいだに流れた時間が埋められるはずもなかった。いろいろと浮名を流している銀座の雇われマダムと、たいして才能もないもの書きの女房に共通の話題があるはずもなかった。
この日の、西島 大、高橋 みつえの来訪は、私と百合子の間で二度と話しあうことはなかった。
義母、湯浅 かおる、義姉、小泉 賀江のふたりは、夜の8時まで残ってくれた。わが家の周囲でも、いろいろと変化が起きようとしている。この日、かおる、賀江、百合子が相談しあって、賀江の娘、小泉 まさ美もまぜて、女たちがそろってアメリカに行くことになった。エリカがアメリカに留学しているので、女たち5人のアメリカ珍道中ということになる。
