竹原 陽子さんのおかげで――またしても別のことを思い出した。
これまた野木 京子さん、竹原 陽子さんの来訪を受けたからこそ思い出したのだが、これまたザンキの念がからみついている。
ある日、原 民喜から、ある本の書評を依頼されたのだった。西脇 順三郎が、戦後はじめて出版したもので、内容は古代ユダヤ思想史といったものだった。
原 民喜は慶応の英文科で、西脇 順三郎の薫陶を受けている。恩師が「戦後」最初に出した著作を書評でとりあげるのは、「三田文学」の編集者としては当然だったに違いない。問題は、別のことにある。なぜ、私に書評を依頼してきたのか。
この本はたいへんに難しい内容で、かけ出しの私などが書評できるはずもないものだった。
書評はわずか数枚だが、どうして私ふぜいを選んだのだろうか。そんな疑問は私から離れなかったのだが、これがきっかけでユダヤに関する資料を読みはじめたのだった。読めば読むほど、私の手にあまるものと思い知った。
ついに書評の締切りを延期してもらった。そして、私がぐずぐずしているうちに、原さんが亡くなったのだった。
この失態は、私の内面にいいわけできない重さとして残った。
野木さん、竹原さんの来訪のおかげで、原さん、若杉さん、そして西脇 順三郎のことまで思い出すことができた。
おふたりに心から、お礼を申しあげたい。