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「メトロポリタン」を去ったフリッツィに、アメリカのライト・オペラの世界、ヴィクター・ハーバートの世界がひろがった。フリッツィにたいへんな成功がやってくる。とくに『マドモアゼル・モディスト』には「キス・ミー・アゲイン」という曲が入っていて、フリッツィが歌って非常な成功をおさめた。
これ以後フリッツィはこの曲を歌いつづけた。これが彼女のテーマソングになり、トレードマークになった。フリッツィ・シェッフが宿泊しているホテルの食堂に姿を見せると、ホテル側はいつもこの曲を演奏して迎えたという。
やがて、映画と呼ばれる「第七芸術」が大衆を熱狂させる。フリッツィのような過去の「女神」が時代に適応できなくなるのは当然だったのか。

フリッツィの前に貧困が待ち受けていた。だが、フリッツィのほんとうのすばらしさは挫折と失意の時期からはじまる。

1954年4月8日、ニューヨークで亡くなった。

 

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