【12】
「ヒステリア」のキャサリンは「みずからの危機を表現している」といったが、彼女のなし得たことは、別のいいかたをすれば、ポップスという形式の極限を表現しようとしている、ということ。
むろん、ほかのシンガ-で、芸術家としての限界に達して、そこからの脱出をめざした例はめずらしくもない。
エディト・ピアフ、ロックのニコ、さらには、マリアンヌ・フェイスフル。あるいは、香港のアニタ・ムイ。それぞれが、アーティストとしてどんなに悲劇的だったか。
私は、「ヒステリア」のキャサリンもまた、ピアフ、ニコ、マリアンヌとおなじような「危機」を経験していると思う。
もっとほかの例をあげれば、エラ・フィッツジェラルド、ジーン・スタッフォード、それぞれ危機を克服できずに去って行ったおびただしい才能たち。
ドリス・デイ、ジュディ・ガーランド。テレサ・テン、フェイ・ウォン。
映画での成功と逆比例するように、自分のポップスがかなり急速に下降して、突然、この世を去ったホイットニー・ヒューストン。1999年、16歳で登場、その後、グラミー賞・最優秀楽曲賞など5冠に輝きながら、アルコール、薬物に溺れ、スキャンダルの報道に傷ついて、27歳の若さで急逝したエイミー・ワインハウス。
数多くの、いたましいアーティストたちの姿が私たちの記憶にある。
彼女たちは、純粋に声の世界で、いだいな先人たちに類比できる歌を成就しようと考える。克服しようとする意志。創造しようとする渇望。先輩の達したところを越えて、傑出した存在に匹敵しようとするあくなき意欲。
さまざまな欲望と犠牲。旋律の勝利と災厄。
問題が自分にとって明瞭になればなるほど、それを解決しようとする努力、その手際と葛藤がいたましく見えてくる。
このアルバムで、手さぐりの状態で、闇のなかを歩もうとしているキャサリンの勇気と高雅に感嘆する。
20世紀末に登場したシャンタール・クレヴィアザークは歌った。
愛が、あなたが生きるために必要なすべてなら
愛は、わたしがあたえなければならないすべて
すべてをささげます 「ラヴ・イズ・オール」
ジョーダン・ヒルは、「ファースト・アルバム」の最初の曲で、
ここに、私のハートがあるわ、わたしの魂が
ほしかったら、うばっていいわ
でも、放さないで
だって、私のすることなすこと
あなたへの愛のためだから
メジャは、「ファースト・アルバム」で「アイム・ミッシング・ユー」と歌う。
あなたの愛がなつかしい、だってあなたは 去ってしまったから
どうせ このままつづくはずもなかった
夏空なんかなんの意味もないわ
わたしはいつもつよいと思ってきたわ
自分の内部にあふれてくる思い
それがわたしのハートを泣かせるの だって
あなたに会いたいから
あたしは落ち込んでいるわ
さみしいから
ブリトニー・スピアーズは、「サーカス」の「イフ・ユー・シーク・エミイ」If U Seek Amy で、「あなたが憎い、あなたが好き」という。
キャサリン・マクフィーは、このalbum の最後で「ドント・ニード・ラヴ」(「愛なんかいらない」)という。
私はなぜか胸を衝かれた。
キャサリンが、徹底的に「SMASH」のイメージ(「カレン」)を消しているのは、それほどにも深く傷ついたからではないか。
このアルバムを聞いていると、芸術家は、きわめて不利な条件においても、みごとにはたらく詩的な才能が必要なのだ、ということを感じさせてくれる。このアルバムの全曲が、キャサリンの作詞、または、キャサリンの参加によるものということにおそらくかかわりがある。