【8】
まず、アルバムの表紙に驚いた 。
たいていのアルバムは、アーティストの美しいフォト、おもにポートレートが提示される。マドンナ、マライア・キャリー、シャーリーズ・セロンなどのCDを手にしたとき、私たちは、そのアーティストの表情や姿態と、裏にならべられたタイトルから、その内容を読みとろうとする。
女性シンガ-のアルバムが、ことさらにエロティックな暗示であることもめずらしくない。例えば、サラ・ブライトマンの「DIVA」は、肩をむき出しにしたサラの横顔のクローズアップだが、現像の途中でフィルムに一瞬、光を当てて、像を反転させソラリゼーションになっている。そのため、サラのエロティックな魅力をうったえかける強烈なポートレートが表紙になっている。そればかりではない。解説にも、サラのほとんどヌードにちかいカットがちりばめられている。
私たちにとって、CDの表紙は、自分が関心をもったシンガ-をもっと良く知りたいという最初のコミュニケ-ションの手段なのだ。アルバムを手にした瞬間に、そのシンガ-に対する好意、アフェクションがきまるといってもよい。日常の私たちが女性に惹かれるのは、彼女の口のききかたや、ことば遣いなどによるが、CDを買うという関係でも、まず最初のアイ・コンタクトは重要なのだ。
キャサリンのアルバムに使われた写真は4枚。
表紙の1枚――「キャサリン」は、からだにぴっちりしたデザビエ(部屋着)を身につけてベ-ジュのベレをかぶってフロアに腹這いになっている。だが、背中を大きく露出している。ただし、片方の乳房を露出しているように見える。じつは、二重焼き付けによる錯覚なのだが、むろん、エロティックなものを暗示している。もっとよく見ると、腹這いになっているキャサリンにかぶって、キャサリンの顔がぼんやりと浮かんでいる。
私は驚いた。ここに、キャサリンの「現在」が隠されている。
しかも、よく見れば、なんと腹這いのキャサリンの左肩から乳房(に見える部分)が、これまたキャサリンの横顔なのだった。
つまり、この表紙には――まるで「だまし絵」(トロンプ・ルイユ)のように、キャサリンの顔が三つ隠れている。
腹這いのキャサリン、もっと大きいキャサリンの顔、もっと小さい横顔が、三重に重なって浮かびあがっている。バックは、無造作に塗りたくった赤、グリーン、黄色のポスターカラー。
2ペ-ジ目は、まったくおなじポーズだが、肩をむき出しにしたアンダ-姿のキャサリンが、横顔をこちらに向けている。誰かに声をかけられて、ちょっと横に顔を振り向けた感じ。その流し目の妖艶なこと。下の部分に LICK MY LIPS〔唇を舐めて〕というなぐり書き。
ウラ表紙(3ペ-ジ目)は、左手をかるく肩にあててその肩越しに横顔をみせているキャサリン。顔以外に、「HYSTERIA」というタイトルが、赤、青、黄色のポスターカラーで書きなぐってある。
このなぐり書き(スカラボッキャ-レ)は、むろんキャサリンによるもの。
うまく説明できないのだが――(2012~13年頃、資生堂の雑誌、「花椿」で、写真家の荒木 経惟が、自分の撮影したモデルの顔や背景に、べたべたと絵の具を塗って発表した。あれと似た写真表現と見ていい。)
キャサリンの容姿、表情の変化も驚くべきものだった。
このトライナリ-(三つから成る)イメ-ジは何なのか。(今すぐには思い出せないのだが、アメリカのポップスで、女性シンガ-の誰かのアルバムで顔が二重焼き付けになっていたのがあった。しかし、そのアルバムはキャサリンの「ヒステリア」ほどエニグマティック〔謎めいた〕ではなかった。)
この表紙を選んだのは、当然キャサリン自身だろう。キャサリンは、あきらかに何かを訴えている。
このトリプレックス(三重)イメージにこそ、キャサリンの「現在」がある。「ヒステリア」はその複雑で異様なヴィスタを物語っている。
比喩的にいえば「SMASH」の「カレン」は、「キュ-ティ-・バニ-」の「ハ-モニ-」ではなかった。
おなじように、「ヒステリア」のシンガ-は、すでにして「SMASH」の「カレン」とは似ても似つかぬキャサリンなのである。そういう意味で、このトリプレックス(三重)は、キャサリンの過去、現在、そして未来なのかも知れない。
あるいは、「現在」のキャサリン、サブ・リミナル(潜在意識)のキャサリン、そして「狂気」と反復強迫の境界領域にあるキャサリンなのか。