その日は雪だった。一日じゅう降りつづいていたが、しばらくすると、どんよりした雲の一部を太陽の暈がわずかに明るく見せはじめた。彼女は不意に顔を向けた。
その顔を見たとき、心が凍えた。苦しみぬいたような顔をしていた。
「じゃ、帰るわ。さよなら」
白い雪を薄く肩にのせて、くるりと背をむけると、雪が濡れてところどころ黒いペーヴメントを去って行った。
私は、そのうしろ姿を見送っていた。もう、二度と会うことはないだろう。自分がたいせつなものを手放してしまったことはわかっていた。駅に向かって歩きながら、こんな別れかたをしたことを、ほんとうに後悔していだ。