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「鈴ヶ森」は、「お若えの、お待ちなせえ」で有名な芝居。
鼻高幸四郎が長兵衛役者の第一という。むろん見たことがない。つづいては七代目の得意芸。そのあとで九代目(団十郎)が極めつけの長兵衛役者として語りつがれている。
「鈴ヶ森」の長兵衛は、「勧進帳」の「弁慶」よりもむずかしい役だと思う。よほどうまくいっても、どうにもウケにくい。逆にいえば、長兵衛役者がしっかりしないと、狂言のほんとうの凄さが出せない芝居だろう。
戦時中に、羽左衛門の権八、吉右衛門の長兵衛で見た。なにせ中学生だったから、芝居のよさなどわかるはずもなかったが、それでも羽左衛門の独特の口跡にしびれた。それに拮抗して、吉右衛門の芸の凄味。魂が宙に飛んだ。
あまりいい芝居を見てしまうと、どうもあとがつづかない。戦後に何度か「鈴ヶ森」を見たが、見られたものではなかった。狂言そのものの値打ちが下がったようで、そのうちに歌舞伎から足が遠のいた。