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都の錦(八田 光風)は、江戸(元禄)の戯作者。西鶴の文章を盗作したとそしられて、『元禄太平記』の冒頭で反論している。
古来、小野篁が白楽天の影響を受けたとか、司馬遷が左伝の文章に似せて「史記」を書いたとか、いろいろな例を並べて、いわく、

「詩に換骨の法をゆるし、うたに古人の詞(ことば)をとれと、先達の教えなれは今都の錦が文章に西鶴がいい捨てを用ひたりとて、さのみ疵にもあらず。古木を以て新しきとするは、皆名人の所為ぞかし」

おかしいのは、最後の部分で、惜しいことに都の錦は、せっかくもの書きにになったのに、二十七歳で、西海の藻屑と消えてしまった、とぬけぬけと書いている。
都の錦というペンネームを捨てても困らない。それからも梅薗堂、澤風軒、黄金道裏山人といったペンネームを駆使して書きとばしたらしい。
江戸のポットボイラーの一人。たいした才能ではないが、江戸時代の三流作家、山崎北華とならんで、おもしろいマイナーポエット。