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サルトルは80歳になって、自分は少しも年をとった気がしない、と語った。
あれほど強靱な論理で、世界にむかって思想的に発言をつづけていただけに、その活動に「老い」を感じさせなかった。バートランド・ラッセルのほうが、ずっとヨタヨタしていた。私はサルトルの発言に驚かされたが、同時に、サルトルは「老い」を認めたくないのだろうと思った。(現実には、数年後にサルトルは亡くなっている。)
私もいまや老年に達している。ところが、自分が少しも年をとった気がしない。へんな話である。ほんとうはもっと枯れた、いかにも老人らしい境地に達していいはずなのに、どうもそんな気がしない。サルトルと違って、私はおよそ哲学的な思惟、直観、認識をもたない。つまり、頭がわるい。半分くたばりかけていながら、少しも年をとった気がしない、というのは、どう見てもバカの証拠だろう。
しかし、自分が彼の年齢になってみて、実感としてのサルトルのことばがよくわかるのである。自分は少しも年をとった気がしない、と思うほど老いぼれたには違いないけれど。われながら、へんな話だと思う。