猿之助(猿翁)のこと。芝居好きだった母から聞いたような気がする。
まだ団子といっていた時分、父の段四郎の「勧進帳」の後見をつとめた。
あろうことか、弁慶の数珠がぶっつり切れた。それを見た団子は、すぐさま懐中にしたかわりの数珠をさっと出して、弁慶にわたした。
楽屋でも、団子の後見はたいそう褒められたという。
ところがこれを聞いたほかの後見が、せせら笑って、
「そんなことは、あたりまえの話で、後見をするくらいのやつなら、誰でも心得ていることだ」といったという。
この猿之助の働きは私の心に残った。きみたちはこの話から何を考えるだろうか。
「ほかの後見」のなかに、のちに役者として名をなしたひとがひとりでもいたのかどうかそんなことを私は知りたい。