最近の私は、サイレント映画の女優たちのことを調べている。その当時は有名だった女優さんでも、出演した作品を見ることがまず不可能なので、ごく短いエッセイを書くだけでも、けっこう苦労する。
ジャック・フィニーという作家がいた。
「盗まれた街」、「ゲイルズバーグの春を愛す」、「レベル3」などの小説で知られている。
私は、最近、ジャック・フィニーの小説「マリオンの壁」を読んだ。
この長編、「マリオンの壁」は1973年に書かれている。
内容は、サイレント映画のフィルム収集家の話なのだが、ジャック・フィニーらしい、おもしろい「幽霊小説」といってもいい。
驚くべきことに、作品の冒頭に、150人の映画スター(大多数が女優だが)の名前を列挙している。
作家が自作の冒頭に、特定の個人の名を挙げ、献辞を添えて感謝の気もちを表明することはめずらしくないが、150人の映画スターの名をあげて謝意を表明するような例はめったにない。
サイレント時代のスターとして――リタ・ナルデイ、ルネ・アドレー、アラ・ナジモヴァからはじまって、ヘッシー・ラヴ、ザス・ピッツ、バーバラ・ラマールまで。
男性たちは、りゅー・こでい、クライヴ・ブルックスから、早川セッシュー、エミール・ヤニングスなど。計、66名。……
つぎの世代は、クリア・ガースン、リタ・ヘイワースから、キャサリン・ヘップバーン、ダグラス・フェアバンクス・ジュニアーまで。計、21名。
さらに「戦後」になると、ケイリー・グラント、フレドリック・マーチから、マリリン・モンロー、ジョゼフ・コットンまで。計、15名。
さらに、エリオット・グールド、ジェーン・フォンダから、ダスティン・ホフマン、マーロン・ブランドまで。計、13名。
総計、115名。
いずれもアトランダムに選んだにちがいないが、やはり、作家らしい選択基準があるような気がする。
そして、最後に――
その他、過去、現在、そして未来の何千人もの映画人たちに 愛をこめて
という献辞が添えられている。
ジャック・フィニーが映画を愛していたこと、そして「マリオンの壁」という作品は、この作家がどうしても書きたかったハリウッド小説なのだろうと思う。
私が読んだのは福島 正実の訳だが、おなじ福島 正実訳のハインラインや、ヒルダ・ローレンスなどよりも、ジャック・フィニー訳のほうがいいと思う。
自分の好きな作家を訳している翻訳者のよろこびが想像できるような気がするから。
ただし、この作品は日本ではあまり評判にならなかったのではないか。