源氏店。『世話情浮名横櫛』の「与三郎」が、
「もし、お富さん、いやさお富、久しぶりだったなあ」
と頬かむりの手拭いをとる。
場所は、いまの人形町三丁目。もとの電停、人形町からひがし北。これも、もうなくなってしまった末広から大門の通りを、玄冶店(げんやだな)といった。このあたりに、船板塀に見越しの松、つまり妾宅が多かったという。
戦時中、羽左衛門で見た。うらぶれた男のゆすりと、自分を捨てた女へのうらみが重なって、晩年の羽左衛門でも出色の芝居だった。凄い。見ていてゾクゾクした。
もっとも、私の住んでいた近くにも船板塀に見越しの松が多くて、芝居に出てくるお富さんのような綺麗なお妾さんもいたっけ。
おめかけ横町が焼けたのは、一九四五年三月十日。