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映画についての閑話。
1930年。アメリカ映画は、サイレントの活動写真から、トーキーへの転換が進行中だった。

1930年のトーキー映画のシナリオ。
たとえば、「雷電」Thunderbolt。

ストーリーを紹介しても、あまり意味はない。それよりも、当時の、解説を紹介したほうがおもしろい。

 

「雷電」(サンダーボルト)と綽名(あだな)せられるジム・ラングは強盗殺人のかどでお尋ね者の身であるにも拘らず隠れ家を出てハーレム夜間倶楽部(ナイトクラブ)へ情婦のリッチーを連れて行った。リッチーはもう彼れと別れて正道を歩むつもりであることを話した。其の時倶楽部に警察の手が入りサンダーボルトは遁れた。サンダーボルトの手下共はリッチーを嗅ぎ廻って彼女がモラン夫人なる人の家に住んで居ることを報告した。モラン夫人の息子で或銀行の事務員をして居るバブはリッチーと戀仲なのである。リッチーとバブは結婚するつもりであった。バブの身に危険の起ることを恐れたリッチーは警察に知らせてサンダーボルトを捕へる罠をかけた。彼れは一旦逃れたがやがて縛に就き裁判の結果シンシンの刑務所で死刑に処せらるべき宣告を受けた。シンシンの死刑監に入ったサンダーボルトの胸に一つの憤怒と報復の心が燃えた。それはバブ・モランを殺さうと云ふ望みである……

 

「雷電」はスリラー・サスペンス。主演は、ジョージ・バンクロフト。「バブ」(今なら「ボブ」と訳されるだろう)は、リチャード・アーレン。リッチーは、フェイ・レイ。 ナイトクラブの訳が夜間倶楽部というのもおもしろい。
むろん、当時「ハーレム」がどういう場所なのか、殆ど誰も知らなかったに違いない。

私は、フェイ・レイという女優さんをそれほど好きではないのだが、この映画、「雷電」は見たいと思う。なぜなら、ジョゼフ・フォン・スタンバーグの映画だから。
初期のスタンバーグの映画、8本のうち7本までが、マルレーネ・ディートリヒが主演していた。「モロッコ」、「間諜X27」など。

愛した女に去られて、落魄する芸術家の姿はいたましいが、スタンバーグは「恋人」だったマルレーネ・ディートリヒに捨てられて、創造力をうしない、成功から失敗にむかってひたすら落ちて行った映画監督だった。
この「雷電」を見れば、スタンバーグがどこで、どういうふうに輝きを失って行ったか、見えてくるかも知れない。だから、ぜひ見たいと思うけれど――むろん、見ることはできない。

おそらくスタンバーグは、フェイ・レイにディートリヒ的なファム・ファタールを見なかったに違いない。だから、演出に生彩がなかったのかも知れない。
フェイ・レイのほうは、スタンバーグのように独占欲ばかりつよくて、ひどく嫉妬深く、しかもマゾヒスティックな男に、はじめから眼もくれなかったのだろう。

不思議なことに、制作された時期には何程のことも見えなかった映画が、時間がたつにつれて、それまで見えなかったものがぼんやりと見えてくる。むろん、ほとんどの観客には興味もないことなのだが。