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「アウトサイダー」の翻訳は、私にとってはスリルにみちたものになった。

集英社の「コバルト文庫」は、それまで翻訳ものを1冊も出したことがなかった。
若い読者に人気のある津村 節子、富島 健夫、もっと若い女性作家たち、正本 ノンなどのジュヴナイルものだけを出していた「コバルト文庫」としては、いきなりアメリカの翻訳ものを出すことに不安をもったのも当然だった。
たとえ翻訳ものを出すにしても、映画のノベライズものを出すにしても、「ヤングアダルト小説」という認識ではなかったに違いない。
当時、私は継続的に映画批評を書いていた。
ジュヴナイルものでも、70年代から大きく変化してきて、「ダウンタウン物語」や、「ウォリアーズ」のような傑作が登場する。
1980年のアメリカ映画、「リトル・ダーリング」(ティタム・オニール主演)や、「青い珊瑚礁」(ブルック・シールズ主演)、「フォクシー・レデイ」(ジョデイ・フォスター主演)といった映画があらわれる。したがって、「アウトサイダー」をはじめアメリカで読まれている「ヤングアダルト小説」を翻訳すれば、新しい路線が生まれるだろう。私は「コバルト文庫」が翻訳ものを出すなら、はっきりあたらしいシリーズものとして出したほうがいい、と主張した。
「ヤングアダルト小説」が、それまでの「少女小説」、「青春小説」とどうちがうのか、そんなことも説明したと思う。
当時(1982年)の「マイ・ボデイガード」(マット・ディロン主演)や、「タイムズ・スクェア」(トニ・アルバラード主演)、「エンドレス・ラブ」(ブルック・シールズ主演)、「初体験 リッジモンド・ハイ」(フィービ・ケイツ主演)といった映画をあげれば、私のいう「ヤングアダルト小説」の概念ははっきりしてくる。

「コバルト文庫」側は、かならずしも私の主張を信用したわけではなかった。
そこで私は、まずトップバッターとして「アウトサイダー」を訳すが、ひきつづいて、S・E ・ヒントンの4作を翻訳することを条件にした。私が土台を作っておけば、シリーズとして「ヤングアダルト小説」が定着する。私としてはそれなりに自信があった。
(つづく)