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いまや私の記憶は、まことに無残で――昔見た映画なとは、記憶のなかでゴチャゴチャになっている。題名さえ、うろおぼえだからねぇ。

森本 薫の芝居、「華々しき一族」が映画化されたのは、いつころだったのか。これはおぼえている。「愛人」演出・市川 崑。三国 連太郎が新人だった頃の映画。1953年。
「コウちゃん」越路 吹雪が出ていた。マダムの役で。若い娘たちが絡んでくる。有馬 稲子と岡田 茉莉子。さて、どちらがどっちの役をやったのか。

「愛人」のことをおぼえているのは――当時、「東宝」に友人の椎野 英之がいたので、「東宝」の映画はたいてい見ていたから。「コウちゃん」が結婚する前で、越路 吹雪の家にも椎野につれて行ってもらったことがある。

この頃、私はたくさん映画を見ていた。

「アンナ」。アルベルト・ラットアーダ監督。
当時、肉体派と呼ばれていたシルヴァーナ・マンガーノの主演。
たしか病院の看護婦さんの話で、暗い過去を背負った美女の流転の物語。「戦後」のイタリアの暗さがこんな映画にもにじみでていたのか。
原作は、「空が赤い」のジュゼッペ・ヘルトだった。当時の私は、英語もろくに読めなかったのだから、原作を読んだはずもない。しかし、この作家は、私が大きな関心をもったひとり。
監督がラットアーダで、シルヴァーナ・マンガーノが出て、ラフ・ヴァローネ、ヴィットリオ・ガスマンが出ていたのだから、間違いなくいい映画だったはずなのに、もう、ほとんどおぼえていないのだから、ひどい話だ。

いまの私が思い出すのは――シルヴァーナのはいていたショートパンツにくっきりと亀裂が見えていたっけ。そんなことしか思い出さない。「ギルダ」で踊ったリタ・ヘイワースよりも、ナイトクラブで踊ったシルヴァーナ・マンガーノのほうが、ずっとセクシイ(当時は、こんな言葉も使わなかった)だった。
この映画に、シルヴァーナのすぐ下の妹、パトリツィア、いちばん下の妹、ナターチャが出ていたが、ふたりとも、その後はどうなったのだろう? そんなことしかおぼえていない。

あ、そういえば――「陽気なドン・カミロ」(ジュリアン・デュヴィヴィエ監督)に登場した、新人、ヴェラ・マンガーノはどうなったのか。

その頃は、(まだ、ロロ・ブリジダも、アニタ・エクバークもいなかったので)、パンツのわれめにくらくらしたシルヴァーナ・マンガーノだが、ただのエロティックな新人女優にすぎなかったシルヴァーナが残って、ほんとうの名女優と呼んでもいいほどの女優になった。

わからないものだ。人生というか人間の運命というものは。

映画のストーリーも思い出さないで、その映画に出た女優のことをぼんやりと思い出している。ボケたなあ。