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昨年の歳末、同人雑誌、「時間と空間」が、64号をもって終刊した。

「時間と空間」は、庄司 総一(戦時中に『陳夫人』を書いた作家)の夫人、庄司 野々美、浜田 耕作、いしい さちこ、郡司 勝義といった人びとがいた。
この雑誌、「時間と空間」に、大畑 靖は、毎号、小説を書きつづけてきた。

私は、戦後しばらくして、大畑 靖を知った。
彼も内村 直也先生の教えをうけたひとりだが、私と違って、ラジオドラマから出発したのだった。昭和29年、私は同人雑誌「制作」をはじめた。この同人に、常盤 新平、志摩 隆、若城 希伊子、鈴木 八郎などがいた。

「制作」があえなくつぶれたあと、大畑 靖は「時間と空間」に移って、いらい営々として小説を書きつづけてきた。
創作集に「ミケーネの空青く」(審美社)、「ある目覚めのひと時に」、「夢一つ」(ともに沖積舎)、「パパイヤの丘で」(新風舎)などがある。
おだやかな作風ながら、だいたい私小説が中心で、一作ごとに自分の人生の年輪というか、じっくりと熟成された芳醇な味わい、生きることへの思いの深まりを感じさせる作家だった。私は「時間と空間」に発表された彼の創作は必ず読むようにしていた。
ひとりの作家が年輪を加えながら成長してゆく姿を、二十年にわたって見つづけてきたことになる。寡作ながら、おのれの名利を求めず、ひたすら誠実に、身辺、心境を書きつづけた作家なのである。

大畑 靖は「時間と空間」の終刊号に、「思い出箱」という短編を書いている。
夫人が病いを得て入院したため、主人公が毎日、病院に通って介護につとめている。主人公も高齢のため、往復2時間もかかる通院はつらいのだが、老妻のために、苦労もいとわず介護につとめている。そんな日常を淡々と描いた小品だった。私はこれを読んで感動した。すぐにその読後感を書き送った。

大畑 靖から礼状が届いた。そのなかに、

「時間と空間」は、64号で終刊号を迎えました。よく続いたと思います。私は
さいしょラジオドラマから出発しましたが、文学の本質を教えて下さったのは中
田さんです。
中田さんの才能、ひらめき、情感、そして根底に息づくやさしさ、そのすべてが
私にとっての光であり宝でした。中田さんとの出会いこそ神様が下さったお導き
だと心から感謝しております。

ありがとう、大畑君。

私も、大畑 靖も、おのれの信ずる道をただひたすら歩きつづけてきた。そして、お互いに老いた。そのことに悔いのあろうはずはない。
私こそ、きみと出会えたことを心から感謝している。